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カレンダー通りのゴールデンウィークは、あと半分残っている。長い休みは調子が狂う。次に出勤するのが嫌になってしまうからだ。なんの変哲もない、ただの事務職。丸の内の地味なOL。いくらでも換えの効く職業。いい年して出世にも興味がない。とりあえず給料さえもらえていれば、文句はない。
イチがなんの仕事をしているのか、桜は知らない。聞くつもりもなかった。一度だけたずねたことはあるが、「バーテンダーだよ」と言われ、やはり嘘だろうと無視した。どうしてこの男と一緒にいるのか、ときどきわからなくなる。わからないがどこか居心地のいい、人をだめにするクッションみたいな存在だった。イチといると、だめになりそうだった。だからといって別れるつもりもあまりない。
イチもおそらく、このぬるま湯みたいな環境を楽しんでいる。面倒くさくない、結婚も迫らない、束縛もしない女。経済的にも問題のない女。遠くで響く電車の音が、大きくなってきた気がする。立ち上がり窓を開けたイチは「雨のにおいがする」と呟いた。
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