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「あっ……」
授業中、藤沢由香が小さく声を上げた。
スッ。
「どうぞ」
隣の席の吉井涼太が、長い腕と大きな手で彼女のシャーペンを拾い上げる。
由香は、コクッと頷いた。
(普通、シャーペンを落としただけで、あんな悲しげな顔、するか?)
頬杖をつきながら、涼太は気づかれないように、由香の顔を盗み見た。
何事もなかったかのように、黒板を見る横顔。
琥珀色の眼。黒々とした瞳孔。
くくられている、艶やかな黒髪。
感情を読み取れない、アンニュイな表情。
彼女の奥で、涼太の方を向いてニヤニヤ笑っている部活仲間の紗弥斗の顔が見えた。
紗弥斗が自分の方を見ていると思い、ニヤニヤ笑っている、と判断した涼太は紗弥斗に向かって小さく手を振った。
すると、紗弥斗は手を振りかえし、その後、黒板の方を向いて、手を挙げた。
「木戸孝允です」
他のクラスメートが当てられて、答える。
先生から、問題が出されていたらしい。
(中2の最後だし、集中しないと成績下がりそうだな)
そう思いながらも、涼太は気になってもう一度、由香を見た。
彼女に友達はいない。
というより、誰かと喋っているところを、誰も見たことがない。
だから、さっき上げた声も、久しぶりに聞いた声だった。
由香がノートをずらし、ノートの内容が涼太に見えた。
前の小テストの結果で、下線の引いてある100とExcellent!!の文字が存在感を出している。
(そういえば、俺のあのテストは60点だったっけ。……いや、切り替えろ、俺。集中しないと)
先生が、黒板をチョークで2回叩き、その単語を涼太はノートに写した。
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