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『真っ暗で、何も見えなくて、誰もいなくて、怖くて……わたくし、ずっとここに閉じ込められたままなの?』
さすがにかわいそうになってきた。
「わかった。わかったわかった信じるから」
『本当?』
わざわざ聞き返されると、良心が痛む。
虚構の世界のキャラクターの言葉を鵜呑みにするような人生は、送ってこなかった。ゲームはスマートフォンでたまにやる程度で、ゲームに関する知識のほとんどは兄から得たものだ。しかも、家を出てからほとんど連絡をとっていないので、古い知識のまま止まっている。ゲームのキャラクターに感情移入することもあまりない。つまり奈々子は、虚構の世界にあまり興味がない。
ただ、相手がゲームのキャラクターとはいえ、涙ながらに見つめられて切り捨てられるほど冷たい人間にも、なりきれなかった。
「まあ、信じてあげても、いいわよ」
『良かった! 私はレティシア! レティシア・ナヴァールよ。あなたの名前は?』
「吉川奈々子」
『よし……? 変わった名前ね』
「奈々子でいいわ」
『ナナコね。わかったわ!』
開始時に名前を入れさせるゲームは数多く存在する。ゲームを始めるときは、適当なハンドルネームを考えて入れるのが常だった。自分の名前を入れたことなど、ただの一度もなかった。それなのに。
つい本名を言ってしまった奈々子はすでに、少女の存在を信じ始めていたのかもしれなかった。
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