約束してくれ

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 地球が滅亡するまで、まだ二年半はある。  さまざまの情報が完全に途絶えてもう二年ほど経っているはずだから、今の僕らは日本という国が、地球という惑星が、どういう状態にあるかなんてこれっぽっちもわからない。  少なくとも僕の目の届く範囲で人口は急激に減ったし(最初は自殺ばかりが目立ったが、すぐに町は病人で溢れかえり、医療という概念のなくなった世界には瞬く間に死体の山がいくつもできた。当然それを処理する人だって誰一人おらず、死体は病原菌の溜まり場になったのだろう、さらにわけのわからない病の流行を繰り返しながら人々は容易く死んでいった)、取り締まる人間なんているわけもなく、人殺しを含む暴力は当たり前となり、まともな食べ物も安全な寝床も、もうどこを見渡しても存在しなかった。  薄汚い泥水をすすり、名前も知らない草木を咀嚼するとき、僕はいつも思い出している。  あの最後のテレビ中継、あの一言を耳にする前日、僕はあの子と話をした。生まれたときから隣の家に住んでいた、同じクラスの、右斜め前の席の、どんぐりみたいな目をしたあの子だ。あの子はその日、玄関先で僕に向かって、 「どうせもう地球は終わるしさ、だから私は今ここで、君が好きだったよって言っちゃってもいい?」  とそう冗談交じりに、花みたいに笑った。僕は「地球が終わるわけないだろ、こんなのどうせデマだよ、ノストラダムスの大予言と何ら変わらないよ」なんて俄知識で言って、それからあの子に笑い返した。本心だった。  僕の言葉を受け、あの子は、 「そっか、ならいいや……でも今のは本当のことなんだよ。だからそのうち返事、聞かせてね」  僕の言葉を待たず、そのまま自らの家へと帰っていった。  翌朝、大統領の言葉を耳にした僕は丸半日家族とともにソファに座り、茫然と時を過ごす。夕方になってやっと我に返り隣の家の呼び鈴を十回連続で鳴らしたが、どれだけ待っても誰も出てこなかった。  あの日、あのとき、僕はあの子の言葉をはぐらかすことなく、僕も君が好きだよと伝えるべきだったのだ。勿論それを伝えていたからって、その後の何かが劇的に変わっていたとは全く思わない。けれどそれでも、今よりは後悔せず地球滅亡の日を待っていられたかもしれないと考えずにはいられないのだ。  あの子は今、どこでどうしているのだろう。  僕のように汚水をすすり、常に腹をすかして、それでもただ変わり果てていく世界を眺め続けているのだろうか。  そんなあの子の姿を想像するたび、僕は「もうあの子が死んでいますように」と願わずにいられない。
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