祖母の椅子

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 俺は会社都合の転勤で地元を離れ、家賃節約を兼ねて、祖母の家に住ませてもらっている。もちろん、祖母に家賃(といっても破格な安さの)を納めていたし、食事もヘルパーさんに特別、別料金でお願いしていて、なんなら、仕事帰りに二人分の食材を買って帰っている。ヘルパーさんは出稼ぎにきた海外の方で、時折、日本食では味わえないスパイシーな物を振る舞ってくれる。祖母はその点に関しては寛容で、楽しそうに異国料理を食べている。俺も、ヘルパーさんのお陰で、食事の趣向が広がった。祖母はたまにヘルパーさんに料理の手伝いを申し出て、ヘルパーさんを困らせた。俺はボケ防止だと、ヘルパーさんに許可しようとしたが、上手くニュアンスが伝わらず、祖母が台所に立つことはなかった。代わりに、メニューの要望、という形で祖母はお得意のレシピをヘルパーさんに教えていた。祖母は楽しそうににレシピを紙に書き込み、ヘルパーさんに手渡す。ヘルパ-さんが分かりやすいように、たくさんの絵が書かれていた。ヘルパーさんはそのレシピ(時にはチラシの裏に書かれた)を綺麗にファイリングして、来訪の度に持ち込んでいた。祖母はヘルパーさんの母国料理のレシピをせがみ、ヘルパーさんは、祖母のレシピファイルに加えて、ルーズリーフでたまに母国料理のレシピを持参した。祖母は台所に立つ機会こそなかったが、あの椅子に座りながら、綴じられたルーズリーフのファイルを開いて、時に目を細めて、時に視線をあげて、頭のなかで料理していた。俺はヘルパーさんに祖母の趣味につきあわせて悪いと謝罪したことがあったが、紙に書いて物を伝えることが、とても語学勉強になる、と喜んでいた。ヘルパーさんは時間をみては、椅子に腰かけてメニューを開く祖母に話しかけて、わからないところがないか、と話しかけていた。
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