祖母の椅子

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 祖母が忘れっぽくなったのはここ一年の話だ。同じ話を繰り返すようになり、物がない、と騒ぐことが増えた。俺はたまにヘルパ-さんの連絡を受けて、仕事を早くあがり、祖母の世話を手伝った。祖母の容態は日を追うごとに変化していった。ヘルパ-さんは、俺に謝ることが増えて、疲れた様子でいることが増えた。そんななかでも、祖母は必ずあの椅子に座っていた。朝起きてから眠りにつくまで、トイレや入浴を除けばずっと座り続けていた。祖母はおぼつかない足取りで椅子に腰かけて、椅子の背に立ち上がる度に掛けるブランケットを膝上に広げる。椅子はいつものようにミシリと音を立てた。俺は祖母が座っていない隙に、椅子を確認したことがある。椅子はどうやら、差し込みでパーツが組まれているのだが、座面に腰かけた負担がそれぞれパーツの差し込み口に広がり、座ると差し込み部分の随所が少しずつずれる余地があるようだった。祖母が座った状態で椅子を覗き込んでみてはっきりした。椅子は祖母が座ることで同じところに同じだけの負荷が加わり、少しずつすり減っていた。少なくとも祖母が怪我をするほどの危険性はなさそうだった。むしろ、座ることによって全体が祖母の形にきしむ椅子だ、他の椅子に変えて、満足いくように思えなかった。それはもう抱き抱えられているようにさえ感じた。そこにきて、俺は物置で眠っていたこの椅子の出自が気になった。この椅子は物置から取り出された最初から音をだして軋んでいた。祖母は昔もこの椅子に腰かけていたことがあったのだろうか。
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