エピソード①ホラー/見て見ぬふり

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エピソード①ホラー/見て見ぬふり

見て見ぬふり/その1 ”見ちゃダメよ” ”あっち、見ない方がいい” ”目を伏せときなさい” 私は子供の頃、母からこんな類の言葉を年中、聞かされていた記憶が残っています。 ある程度の年齢に達すると、それは母へ一種の嫌悪感を伴って意識するようになりました。 要は、見て見ぬふりを許容する母の心根らしきものと、直結して捉えていたのです。 そして、結婚して子供が生まれてからも、母の発するそれらの言葉に対する抵抗感は完全には拭えていませんでした。 あの日、母からある告白をされるまでは…。 それは、娘である私の決して知り得なかった、母が長い間胸の内に閉まっていた苦悩でもありました。 ... あれはちょうど1年前の春先、私が交通事故を起こし、検査入院していた時のことです。 持病を持つ母が、東京から見舞いに駆けつけてくれたのです。 ケガの具合はそう心配するほどではないということで、母は一安心したようで、ちょっと改まって切り出してきました。 「…瑛子、実は折を見て、あなたには伝えておきたいことがあってね。こんな時だからこそ、あなたには話しておこうと思うんだけど…」 「何よ、なんだか改まって…」 「あのね、今までずっと黙ってきたんだけど、あなたも家庭を持つ身になったから、そろそろ知っていてもらうかと思って…。実はね、お母さん、”見えるのよ”。子供の頃からずっと」 私はさすがに母が何を言っているのか、すぐには理解できませんでした。 ... 「見えるというより、感じるって言った方が正確なのかもしれないけど、人が発する特別な空気みたいなもの、それをね…」 ここでピンときました。 「お母さん…。ひょっとして、私が小さいころから道端や電車のなかで、見ちゃダメってよく言ってたの、そう言うことだったの?」 「そう…。最初に聞いとくわね。あなたは、見えないわよね?」 「うん。全然ない、そう言うのはさ…」 「そう、よかった…」 母は私がそう答えると、肩で一息つき、文字通り安心したという表情を浮かべていました。
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