虚構の道

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 連れてこられた所は、「アレグロ」という看板がかかっている、シックで落ち着いた雰囲気の、通な大人が通うバーのような建物だった。店の前に観葉植物がいくつかあって、自然の匂いがする。辻島は、山岡にこんなおしゃれな趣味があるとは知らなかった。もちろん、それは谷も同じであるようで、 「君……、こういう所によく来るのか?」  と目を丸くして尋ねていた。山岡はふふん、と鼻を鳴らして、 「突っ立っていてもしょうがねえ。とにかく入ろうぜ」  そう言うと、少し尻込みしている辻島と谷の背中を押して、木製でラメが塗ってあるキラキラしたドアを開けた。  すると、 「いらっしゃいませ~……って、なあんだ山ちゃんかあ」  「おいおい、明美ー。なあんだってなんだよ。俺は客だぞ」 「お客はお客でも、常連さんにはぞんざいな態度を取ることにしてんの。あたしはね」 「なんて女だ。ここの店の教育はどうなってんだか」 「まあいいじゃない。それだけあなたに心を開いてるってことなんだから」  辻島はあっけにとられて目の前に広がる光景を見ていた。山岡がやたらと親しく女性と話しているということもあるが、その奥に広がる、妙に妖艶な薄ピンクのライトに包まれた部屋、そこに配置されたソファやイスやテーブル、そしてそこで酒を片手に交わされているスーツ姿の男と派手なドレスの女の談笑……。今まで生きてきて接したことのないエキセントリックな雰囲気に、どんな顔をしたらいいのかわからない。自分が自分でなくなっていくような妙な感覚に陥っていると、後ろで襟の辺りをぐいっと引っ張られて、ハッとした。 「おい、これはどういうことだ」  振り返ると、そこには顔面蒼白の谷がいて、その声は震えている。その不安に満ちた表情からは、明らかに女性に不慣れであることが見て取れる。 「知らないよ、僕だって面食らってるんだ。ただのバーだと思っていたし……」  その時、山岡がこちらに向き直って、 「あー、紹介するよ。こっちのひょろいのが辻島で、坊主頭の方が谷。どっちも俺の大学の友人なんだ」  そう言われた「明美」というやけに化粧の厚い女性は、二人をまじまじと見つめて、こくこくと何度か頷いて、 「なるほどね。彼らあんたとは違ってなかなか賢そうじゃん。特にそっちの坊主の子なんて、イガグリみたいでなんかカワイイ」  そう言って谷を横目に見ると、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。谷は心なしか後退して、辻島の陰に隠れた。 「ふん、賢さしか取り柄のないやつらだよ。女とろくに話したこともないんだ。だからこうやって今日はわざわざ連れてきてやったってわけよ。二人ともまだ、ピュアなボーイだから、とてつもなくぎこちないと思うけど、まあ今日はよろしく頼むわ」  頭をかきながら山岡が言う。 「ピュアボーイ大歓迎!」  明美は大げさに両手を大きく広げた。そこで堪りかねたのか、谷が山岡の腕を捕まえ、耳打ちするように小声で、 「おい、これはどういうことだ? 聞いてないぞ。こんないかがわしそうな店……そもそもここはどこなんだ」  すると山岡も仕返しするように谷の耳元へ口を持っていき、一瞬口角を上げたかと思うと、息を軽く吸い込み、 「キャバクラだよ!」  と大声で吐き出した。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加