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連れてこられた所は、「アレグロ」という看板がかかっている、シックで落ち着いた雰囲気の、通な大人が通うバーのような建物だった。店の前に観葉植物がいくつかあって、自然の匂いがする。辻島は、山岡にこんなおしゃれな趣味があるとは知らなかった。もちろん、それは谷も同じであるようで、
「君……、こういう所によく来るのか?」
と目を丸くして尋ねていた。山岡はふふん、と鼻を鳴らして、
「突っ立っていてもしょうがねえ。とにかく入ろうぜ」
そう言うと、少し尻込みしている辻島と谷の背中を押して、木製でラメが塗ってあるキラキラしたドアを開けた。
すると、
「いらっしゃいませ~……って、なあんだ山ちゃんかあ」
「おいおい、明美ー。なあんだってなんだよ。俺は客だぞ」
「お客はお客でも、常連さんにはぞんざいな態度を取ることにしてんの。あたしはね」
「なんて女だ。ここの店の教育はどうなってんだか」
「まあいいじゃない。それだけあなたに心を開いてるってことなんだから」
辻島はあっけにとられて目の前に広がる光景を見ていた。山岡がやたらと親しく女性と話しているということもあるが、その奥に広がる、妙に妖艶な薄ピンクのライトに包まれた部屋、そこに配置されたソファやイスやテーブル、そしてそこで酒を片手に交わされているスーツ姿の男と派手なドレスの女の談笑……。今まで生きてきて接したことのないエキセントリックな雰囲気に、どんな顔をしたらいいのかわからない。自分が自分でなくなっていくような妙な感覚に陥っていると、後ろで襟の辺りをぐいっと引っ張られて、ハッとした。
「おい、これはどういうことだ」
振り返ると、そこには顔面蒼白の谷がいて、その声は震えている。その不安に満ちた表情からは、明らかに女性に不慣れであることが見て取れる。
「知らないよ、僕だって面食らってるんだ。ただのバーだと思っていたし……」
その時、山岡がこちらに向き直って、
「あー、紹介するよ。こっちのひょろいのが辻島で、坊主頭の方が谷。どっちも俺の大学の友人なんだ」
そう言われた「明美」というやけに化粧の厚い女性は、二人をまじまじと見つめて、こくこくと何度か頷いて、
「なるほどね。彼らあんたとは違ってなかなか賢そうじゃん。特にそっちの坊主の子なんて、イガグリみたいでなんかカワイイ」
そう言って谷を横目に見ると、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。谷は心なしか後退して、辻島の陰に隠れた。
「ふん、賢さしか取り柄のないやつらだよ。女とろくに話したこともないんだ。だからこうやって今日はわざわざ連れてきてやったってわけよ。二人ともまだ、ピュアなボーイだから、とてつもなくぎこちないと思うけど、まあ今日はよろしく頼むわ」
頭をかきながら山岡が言う。
「ピュアボーイ大歓迎!」
明美は大げさに両手を大きく広げた。そこで堪りかねたのか、谷が山岡の腕を捕まえ、耳打ちするように小声で、
「おい、これはどういうことだ? 聞いてないぞ。こんないかがわしそうな店……そもそもここはどこなんだ」
すると山岡も仕返しするように谷の耳元へ口を持っていき、一瞬口角を上げたかと思うと、息を軽く吸い込み、
「キャバクラだよ!」
と大声で吐き出した。
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