花の国

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 ある日、滅多に鳴らない電話が鳴った。 「はい」 「国家安全管理局のアシドだ。花の管理者だな」 「そうですが」 「突然だが、花の管理はやめることになった」 「どういうことですか?」  突然の通達にシイナはさすがに驚き、聞き返した。  アシドは、それに淡々と答える。 「その花は我が国の建国以来、約150年に渡り管理されている」 「そうですね」 「だが、その花の詳細はわかっていない。花自体の生態もそうだが、その花をなぜ凍らせ、厳重に管理……むしろ、監視に近いことをしているのか。その理由を誰も知らないし、わかっていないだろう。私も、君もだ」 「ええ、まあ」  アシドが言うことは、シイナにとって当然のことだった。  シイナが長年管理――アシドに言わせれば監視をしてきたその花について、S国の誰もその詳細を知らない。花の名すら不明な状況だ。  そして、建国と同時に開始された管理(監視)の経緯も意味も、誰も知らない。  これはS国が、元々その花が咲く土地にあった国が滅亡しかけていたところを乗っ取る形で建国した、といった歴史から生まれた事情によるものもあった。滅亡した国の遺物はことごとく処分されており、150年という月日で建国時を知る者は世に残っておらず、歴史は口伝えで漠然と残るのみだ。 「そもそも、その花が処分されず残っている理由も不明だが……たかが花一輪を維持しておくために、国の資金を割く必要はないと、新たに国家元首となられたキョウ様が判断された」 「はあ。何もかも不明なままで、取りやめて良いのですか?」 「元首がそうお決めになったのだから、仕方がない。それに、政府内にも反対派は見られなかった。満場一致だ」 「しかし、そうなると私は職を失うことになってしまいます」 「安心しなさい、次の仕事はこちらで手配するから。国の仕事に長年従事してくれていたのだから、それくらいはする」 「ああ、良かった。助かります」  シイナは、ホッと胸を撫で下ろした。彼にとって、花の行く末はどうでも良かった。 「では、1ヶ月後が最後の就業日となる。それまでに、荷物などをまとめておくように。出る際には、冷凍装置を切るのを忘れずにな」  アシドの指示に了承の意を唱えると、シイナは受話器を置いた。 「これで、退屈な日々から抜け出せる」  シイナは、ガラスの向こうを見やると、ぎこちなく口の端を上げた。  花は何も知らず、いつもと変わらない様子でそこに佇んでいる。
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