真を写す

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「いいか秋場。写真ってのは、一枚一枚が花みたいな物なんだ。 俺がこう言うと似合わないがそこは目をつぶれ」 業界最大手、全国チェーンの「最上観光写真」に就職したばかりの秋場に、先輩は分かり易く教えてくれた。 「水をあげないと花は枯れる。 水をあげすぎると根腐れを起こす。 分かるな?」 はい、はいと頷く秋場。冷たい風が駆け抜ける度に鼻が垂れそうになる。 四月とは言え、九州出身の秋場にとって北陸は想像以上に寒い所だった。 ましてや吹きさらしの大型バス駐車場のど真ん中だ。 「写真という花には、水の代わりに光をあげるんだ。 光をあげすぎると露出オーバーで真っ黒け、光が足りないと露出アンダーで真っ白けの写真が出来てしまう」 全国チェーンだから、勤務先は当然九州にもあり、秋場もそれを希望したが、配属されたのは最北の支店である北陸だった。 後で分かった事だが、この仕事は離職率が高いため、すぐに辞めて帰れない様にわざわざ遠い支店へ新入社員は向かわされる事になっていた。 「だから俺達写真屋は、常にちょうど良い量の光を写真にあげなければいけない。 これを適正露出という。 ジョーロで水をあげるとすれはだな。 水をかける時間がシャッタースピード。 ジョーロの穴の太さが絞り…… あ、簡単に言うと、だからな。メモしなくていいぞ」 そのくらいは秋場にも分かっていた。研修でも教わった。 しかしせっかく教えてくれている先輩の言葉は、取り敢えずきちんと聞くものだ。 「でも何より大事なのは、せっかく来てくれたお客さんを嫌な気持ちにさせない事。 真を写す、と書いて写真だ。 お客さんが楽しんでくれないと良い写真も撮れないし、観光地の印象も悪くなる。 だから俺達は失礼が無い様に、そしてここは良い所ですよーってオーラを振りまきながら仕事をするのさ! 花には水を、写真には光を。 そして観光写真にとっての光とは、写っているお客さんの笑顔だ。楽しくやろうな!」
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