真を写す

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さて、「観光写真業」という仕事をご存じだろうか。 彼等は「写真屋さん」と呼ばれる。 写真屋さん、と聞いて誰もが想像するのは、綺麗なスタジオで成人式や結婚式を迎える人々、七五三の子供等を撮影する姿だろう。 しかし観光写真業のカメラマン……写真屋さんは、スタジオの中にはいない。 誰でも簡単に撮影出来る「バカチョンカメラ」と呼ばれるものがやっと普及を始めた頃だ。 フィルムを現像に出せば写真が出来るまで三日から一週間かかった。 まともなカメラを使うにはそれなりの知識と技術が必要だった。知らない人はカメラにフィルムを装填する事さえ出来ない。 そんな時代、全国の観光地には人が溢れていた。 どこへ言っても貸し切りバスや旅行会社のツアーバスが引っ切り無しに走っていた。 そして観光客が集う場所には必ずと言って良い程、彼等の姿があった。 旅館の玄関先や宴会場でお客様の写真を撮り、翌朝フロント前で展示販売する。 名所やテーマパーク等では大型バスの駐車場に待機、訪れた団体客を撮影台に並べて集合写真を撮影し、施設を見学終了するまでに仕上げてバスの前で買っていただく。 それが観光写真業。 資格等がいらないので「誰にでも出来る」と言われる仕事の一つである。 「思い出を売る詐欺師」などと揶揄されたりもした。 ただし、誰にでも出来る仕事は、誰にでも続けられる仕事ではない。 現在秋場がいる場所は「芝国ランド」。 千人以上同時に食事が出来る、ジンギスカン鍋を名物とするレストランは毎日何十組もの団体客が訪れ、パターゴルフやジャンボスライダー付きのプール、巨大迷路等で遊べる、北陸では知られたテーマパークだ。 名前の通り敷地内いっぱいに広がる芝生は、寝っ転がっても走り回っても、ボールを持って来ても良い感じ。 秋場は今日からここで見習い社員として、写真屋さんの道を歩む事になる。 そんな彼が、仕事の道具として最初に渡された物。 「おっ、バスが来た!これ持って!」 それは長さ一メートル程の、芝国ランドのロゴマークが入った手旗だった。
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