真を写す

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バスから降りた幹事様と交渉が成立すれば、本当の仕事が始まる。 「はい!それではこちらで記念撮影になりますので!前の方から順にお並びくださーい!」 団体客はどれだけ声を張り上げて誘導しても決まって後ろから並ぶ。前に座ってくれるのは、だいたいお偉いさんだけだ。 しかし前列が空っぽの集合写真の出来上がりは、失敗以外の何物でもない。 「すみません、出来れば女性のお客様、何名様か前の方にお願いしまーす!」 「はい、綺麗な方はより美しくー! そうでない方は~?」 「それなりに~!」 CMの流行語などを交えて笑わせているうちに、先輩カメラマンは準備をする。 集合写真を撮る時には、 「並んだお客様の列を底辺とした、二等辺三角形の頂点」 から撮影しなくてはならない。 この位置を「センター」と呼ぶ。 センターがズレると写真が歪む。 地面と空に対して人物が斜めになる。右端と左端の人の顔の大きささえ変わる。 そして芝国ランドの様に、広がる芝生と海をバックに活かしたい場合は、ある程度高い位置から撮影しないとせっかくの背景が写らない。 だから秋場の背より少し高い脚立を使う。 特に撮影するお客様の人数が多い時には、脚立の一番上の天板に立ち、そこでカメラのファインダーをのぞきながらピントを合わせ、手ブレしない様に両手でしっかりと構えなければならない。三脚などない。 その上で、 「はい皆さん!レントゲンじゃないですからね!息は止めなくていいですよー!」 等と冗談の一つも飛ばしたり、 「すみません!そちらの男性の方、お顔の前でピースするとお顔が隠れてしまいますので、お顔の横にお願いしまーす!」 全員の顔がきちんと写るかの確認もしなくてはならない。 この一連の作業を、約三分以内で済ませたい。お客様の貴重な時間を写真撮影に費やす訳にはいかないのだ。
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