真を写す

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入社して3ヶ月が過ぎた頃。 「秋場!シャッター切れ!」 初めて先輩に言われて心臓がどくんと跳ねる。 「はいっ!」 センターを取り、ファインダー内のお客様がちょうど良い大きさになる所まで下がる。 脚立に上りピントを合わせる。 毎日、誰もいない撮影台で練習はしていたが、いざ本番となるとやはり手足が震える。 「お客様、カメラマンは本日デビューですので!どうかフレッシュな笑顔でお願いしまーす!」 先輩達が声を掛ける。 新人の場合は念の為、まず一枚目を秋場が撮り、お客様に待ってもらってもう一枚、先輩が撮る事になっていた。 しかしこの時、バスが次々に到着し、シャッターを切る時には秋場一人になってしまった。 やるしかない。震えが止まった。 とにかく笑顔で、大きな声で。 自分が何と言ったのかは覚えていないが、お客様はみんな良い笑顔だった。 しかし出来上がった写真を見て、秋場は少なからずショックを受けた。 センターが大きく左にずれた、酷い写真だった。背景も人物に隠れている。もう少し脚立の高い位置から撮るべきだった。 そんな写真をお客様は、やはり笑顔でけっこう買ってくれた。 秋場は申し訳なくてたまらなかった。 もっと綺麗な写真を撮れる様になりたい。 印画紙に堂々と綺麗な花を咲かせて。 真を写して、喜んでもらいたい。
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