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胃がシクシク痛み、お粥を食べて胃に染みるなんて経験をしてしまった私は、いい加減に病院に行ったほうがいいと思う。これ何科に行けばいいんだろう。内科? 消化器科?
体を引きずってお風呂に入って布団に潜り込んだものの、寝付くまで体の疲れが妙に取れなかった。
体は睡眠を求めているはずなのに、頭だけがギンギンに冴えてしまって目を閉じても、証明を落としても全然寝付けない。老化は眠れなくなることからはじまるっていうけれど、私知らない内にそこまで年取ってたっけ。まだアラサーなのに。
そう思いながら何度も何度も寝返りを打ってようやく眠れたのだけれど。
そのときに変な夢を見たのだ。
「ほんっとうに、信じられない! 私たち同居してからもう二年も経っているのに! いつまで経っても結婚するのはまだ先って先延ばしばかりするから、私騙されたのかもしれないって!」
キンキンの声で叫んでいるのは、髪の毛を長く背中まで伸ばした女の子だった。すごいな、これだけ長かったら広がったりまとまらなかったりするのに、真っ直ぐに伸びた髪は艶やかだ。
最近流行りの韓国風メイクで口元を真っ赤にし、目はばっちりアイメイクを施している。ベージュピンクのスカートにオフホワイトのとっくりセーターを合わせているのはずいぶんとおしゃれ上級者だ。そんな可愛い彼女が訴えているのは、私が出会ったホスト風の占い師だった。
「……つまりは、彼氏と結婚できるかどうかを占って欲しいと?」
「いえ、もうそいつとは別れたいです。でも私が婚約決まるまでは保険として取っておきたいんです」
ひどいな、自己中心的にも程がある。
彼女の話を聞いている占い師は、相変わらず端正な顔付きのまま、微笑だけ浮かべてそこにどんな色があるのかわからない。この人はコールドリーディングの人だと思っていたけれど、その割にはさっきの質問は彼女から結果を聞き出そうとするものではなくて、心の底から相談に応じたようにも聞こえるから、なんなんだこの占い師は、と思う。
占い師はしばらく彼女をじっと見たあと、溜息をついた。
「わかりました、お守りを上げましょう。それを鞄にぶら下げるなり、持ち歩くなりしてください」
「あっ、具体的な解決方法は?」
「そんなもん占い屋に求めるほうが酷でしょう。大丈夫ですよ、あなたの運命は劇的に変わりますから」
私のときよりも幾分雑な占いをして、そのまま彼女を追い返してしまった。
なんなんだ、あの人は。人の人生をなんだと。コールドリーディングでももうちょっとまだなにか言えるだろう。
そう勝手に憤慨していたけれど。彼女のもらったお守りも私のと同じものなのが、目に入った。
****
変な夢を見ちゃったな。私はまどろみながら、ぼんやりと先程の夢を考える。
普段占い屋になんか行かないから、余計に印象的だったのかもしれない。さあ、現実逃避はこの辺にして、さっさと起きないと。
それにしても。私は自分の首回りに対して、ほんの少し違和感を覚えた。
接骨医にも「古いタイヤみたいですね」と言われて匙を投げられてしまった肩こりが消えているような気がする……一日早めに寝ただけで、慢性的肩こりが治るとは思えない。それに妙にすうすうする……とごろんと寝転がって気が付いた。
私、服着てなくない?
思わず布団の中に首を突っ込んで「えっ」と声を上げた。
案の定裸だったけれど、なんか変だ。私の胸は大きくはないけれど、小さくはなかったと思う。私の胸が心なし、控えめになっている。その上内臓がどこに詰まっているのかわからないほどに、腰回りに肉がない。
思わずペタペタ触ったところで「もう起きた?」と掠れた声が聞こえて、私の体はビクンと跳ねた。
素肌同士が擦れ合い、体温を分け合う。
隣には髪の毛を短く刈り上げた端正な顔付きの男の子が、裸で一緒に寝ていたのだ。眉はきっちり処理をしているのかくっきりとしていて細く、肌もスキンケアをきっちりしているのかその年齢の男の子にしてはにきびひとつなくツルンとしている。
待って。待って。私、これでも高校講師。いくらなんでも年下の男の子を家に連れ込むような真似なんてしない。グルグルと考え込むけれど、やっぱりその男の子に心当たりがないのだ。見た覚えもない。
そもそも、私は昨日体調不良で早めに寝付いたのだから、男の子を家に連れてくる暇なんてどこにもない。だとしたら、この状況はいったい……?
やがてその子は私の布団を捲り上げると、私が呆然と見上げている中、顔を近付けて……。
無理。やだ。困る。そもそも誰。
「キャァァァァァァァアア!!」
思わず平手で思いっきり顔を引っぱたいてしまった。
男の子はものすごくびっくりした顔で、私を見つめてきた。キョトンとした顔はやっぱり可愛いなと思うけれど、いやいや駄目でしょ。若い子とそういうのは。私は布団で必死に原田を隠す。
「あなた誰ですか!? 朝からこういうのは、よくないと思います!」
思わず叫んでから、ようやく私は「あれ?」と口元に手を当てた。
声が妙に甲高い。風邪を引いたら声は低くなるはずだし、こんな鼓膜をブルブル震わせるようなキンキン声にはならないはずだ。あれ?
声を出してみて、気が付いた。
よくよく見てみると、この部屋は私の部屋じゃない。
この数年まともに家具を買い換えていない私の部屋は、真っ白な家具に教科書や本が散らばっているような殺風景なのかカラフルなのか微妙な内装なのに対して、この部屋は妙にケバケバしているのだ。カーテンもベッドも布団もシーツも、私だったら一色でまとめるのが、柄は大柄で目がチカチカする配色で、まるで映画のセットみたいなのに生活臭だけはするというミスマッチなことになっている。
ひとり困惑している中、男の子は困ったように目尻を下げる。
「なんだ、まだ機嫌悪いのか、陽葵」
「へっ? 誰?」
やたらと可愛い名前に、私は目を剥く。しかし男の子は冗談でもなんでもないと言った口調で続ける。
「陽葵。綾瀬陽葵。お前の名前だろう?」
「誰ですか、その可愛い名前は。私、遙佳深月ですけれども……」
「なに訳わからないこと言ってんだよ。ネットドラマの見過ぎか? それとも寝ぼけてる? おーい、もう朝だぞ-。今日はどっちもオフだけどさあ」
呆れたように、男の子はハンドミラーを私に見せてきた。
見せられたものを見て、私は呆然とする。
真っ直ぐストレートな羨ましいくらいに綺麗な黒髪。痛んだところもなく、背中を覆っている。目もぱっちり化粧もしてないのに目も睫毛が長くてくっきりしている。しかも……肌がもちもちのプルプルのたまご肌。こんなの私が大学卒業のときに置いてきたものじゃないか。
でも……私。なんでそんな見ず知らずの女の子になっているの……!?
頭が追いつかず、私はそのまま口から泡を吹いてしまった。
「お、おい、陽葵!?」
「ちがいますわたし、みつきです……」
そういえば、この男の子誰だろう名前を聞いてないや。
あとこの女の子。何故か私がなってしまった女の子、夢でさんざん占い師に抗議をしていた女の子と同じ顔をしているな。
私は再びベッドに転がってしまったのである。
……もう、今日は休んでもいいかな。学校……。社会人としては最高に甘えたことを、私は思わず考えてしまっていたんだ。
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