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「こんばんにゃん。」
ツヤツヤした紺色ビロードのシルクハットを被った菜助がすくっと2本足で立ち上がります。たぷたぷのおなかがだらんとゆれます。
「こんばんにゃん?」
うつらうつらと微睡むつぐみちゃんにちょっと不安になった菜助はもう一度声をかけました。
「、、なのすけ?」
「はいにゃん。」
にやっとふわふわの上唇をあげひげをピコピコさせて錆び猫の菜助は前足でシルクハットを取ると胸の前で掲げます。
「、、夢、かな。」
菜助は3歳で亡くなった。ずいぶん前だ。つぐみちゃんはぼんやりする頭で金色お目々の灰褐色の錆び猫の1本牙の口元を眺めます。
「今日は四月一日なのにゃん。」
菜助は左の牙が折れちゃってたんだよね。じゃあやっぱりなのすけなのか。大きいけど。やけに大きいけど。つぐみちゃんは、まぁ夢だし、いいや、と思います。
「うん。今日はなのすけの誕生日。」
「そうだにゃ。つぐちゃんがボクにお誕生日をくれたんだにゃん。3回目のありがとだったにゃん。」
ぱちりとまばたきして菜助は誇らしげに胸を反らしました。
「1回目はごはんをありがとにゃん。」
「2回目はあったかい毛布をありがとにゃん。」
「3回目はお誕生日をくれたにゃん。」
短すぎる丸々した指先を器用に折り曲げ数を数える錆び猫はなんだかつぐみちゃんくらい大きいのです。
「4回目は覚えてないにゃん。」
菜助の短い折れ尻尾が右にゆらゆら揺れて、つぐちゃんはほわほわ目を細めました。
「つぐちゃんは尻尾とひげをひっぱるから嫌にゃ。もうひっぱれないからせいせいしてるにゃ。天からずうっとつぐちゃん見てたら神様が仕返ししてきていいよ、って言うから来たにゃん。寂しくなんかなかったにゃん。つぐちゃんに仕返しするんだにゃん。」
ゆらゆらと尻尾は右に揺れます。菜助がきゅっと口を結ぶとおひげもしょんぼりとさがりました。
つぐみちゃんは、ん、しょっ、と重たい体をどうにか動かして、横向きに寝転がったまま両手を菜助に伸ばし、へへっと笑います。
「なのすけ、おーいで。」
「し、仕方ないにゃ、イヤにゃって言ってもつぐちゃんはいっつもボクを好き勝手にするのだにゃあ。」
「なのすけ。なのすけは隠し事すると尻尾が右に揺れるんだ。なのすけはあたしが大好きね。あはは。あたしも大好き。」
菜助はボロボロと大粒の涙を流してシルクハットを放り投げて、つぐちゃんの胸に飛び込むとぎゅうぎゅうと抱きつきました。
「つぐちゃん、つぐちゃん、やっと来れたにゃん。つぐちゃんがボクを呼んだにゃ。ありがとにゃ。ありがとにゃ。もうずっと一緒にいるにゃ。」
だらんと伸ばしたつぐみちゃんのパジャマの腕にふわふわの感触と温い湿り気が広がります。そっと菜助の頭を撫でます。夢じゃないみたい。でも夢だ。菜助とお話してる。
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