27人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
1
その夜わたしは、生まれてはじめて幽霊を見た。
「おかえり。千歌ちゃん」
左手で電気のスイッチを押したまま、灯りのともったワンルームを見つめる。
「いつもこんなに帰り遅いの? 千歌ちゃんの会社って、ブラックなんじゃね?」
ひとはあまりにも驚いたとき、逆に冷静になってしまうのかもしれない。
わたしはスイッチから手を離すと、持っていた部屋の鍵をいつもの場所に置いた。
それから深く息を吸いこみ、ゆっくりとそれを吐く。
「あの、さ」
顔を上げ、のどの奥から声を押しだす。
「希海……だよね?」
ふんわりとした茶色っぽい髪。ぱっちりした二重の目。お気に入りの赤いパーカー。
わたしの部屋に立っている青年は、どう見ても幼なじみの希海にしか見えない。
だけどそれはありえないのだ。
三つ年下の希海は、先月地元で交通事故に遭い、大学卒業目前で亡くなったのだから。
すると希海(らしきひと)の顔がみるみる笑顔になり、わたしに向かって駆け寄ってきた。
「やっぱ見えるんだ! 千歌ちゃんには!」
そして両手を広げ、思いっきりわたしを抱きしめ……ることはなかった。
その両手は、わたしの体をすうっと通り抜けていく。
最初のコメントを投稿しよう!