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 その夜わたしは、生まれてはじめて幽霊を見た。 「おかえり。千歌(ちか)ちゃん」  左手で電気のスイッチを押したまま、灯りのともったワンルームを見つめる。 「いつもこんなに帰り遅いの? 千歌ちゃんの会社って、ブラックなんじゃね?」  ひとはあまりにも驚いたとき、逆に冷静になってしまうのかもしれない。  わたしはスイッチから手を離すと、持っていた部屋の鍵をいつもの場所に置いた。  それから深く息を吸いこみ、ゆっくりとそれを吐く。 「あの、さ」  顔を上げ、のどの奥から声を押しだす。 「希海(のぞみ)……だよね?」  ふんわりとした茶色っぽい髪。ぱっちりした二重の目。お気に入りの赤いパーカー。  わたしの部屋に立っている青年は、どう見ても幼なじみの希海にしか見えない。  だけどそれはありえないのだ。  三つ年下の希海は、先月地元で交通事故に遭い、大学卒業目前で亡くなったのだから。  すると希海(らしきひと)の顔がみるみる笑顔になり、わたしに向かって駆け寄ってきた。 「やっぱ見えるんだ! 千歌ちゃんには!」  そして両手を広げ、思いっきりわたしを抱きしめ……ることはなかった。  その両手は、わたしの体をすうっと通り抜けていく。
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