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「しっかしりしてね、瑞希ちゃん、あなただけでも助かったんだから。海に落ちたあと、義兄さんが、スパナで助手席の窓をたたき割って、最後の力をふりしぼって、瑞希ちゃんを外へ逃がしたのよ」
「パパが……」
そんなことがあったのか。
車が海に落ちたあとは、意識を失って、それから……。
そのとき、あっ、と思った。
意識を失っている間、不思議な世界にいたのを思いだした。夢に似ていたけど、夢じゃない。
舟にしがみつこうとするあたしを、パパが必死にひきはがしていた。
あの船は、たぶん「あちら」へ行く乗りものだったのだろう。パパとママは、あたしを「あちら」へ行かせまいと、必死だったのだ。
――お……お前なんか……お前なんか、もう娘じゃない!
そんなふうに怒鳴って。
突然、突きあげるように熱い思いが、胸の奥から噴きあがってきて、瑞希はぼろぼろと涙を流した。史恵さんがいくらなだめても、興奮はつのるばかり。
やってきた看護師と医者が、すぐに鎮静剤を打った。
「ああ……ああ……」
突きあげるような思いはほとんどそのままに、意識がすうっと沈み込んでいくのがわかる。
――お前なんか、もう娘じゃない。
耳の奥にその言葉が残る。
「パパの嘘つき……」
だれにも聞き取れないつぶやきを最後に、瑞希の意識は眠りのなかへ沈んでいった。
〈了〉
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