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瑞希は信じられない思いだった。
「みずきっ、離せっ、離すんだっ」
必死に舟のへりにしがみつく瑞希の手を、パパがひきはがそうとしているのだ。
どろんと灰色に垂れこめた雲の下に、大きな沼のような黒い水面が広がっている。そこに浮かぶ小さな舟。公園の池を遊覧する、手こぎのボートくらいの大きさだ。舟に乗っているのは、パパとママ。
瑞希自身は水中に投げだされている。泳げない彼女は、舟のへりに両手をかけ、這いあがる力もなく、必死にしがみついているだけ。
なのに、その手を、パパがひきはがそうとしているのだ。あの、やさしかったパパが。
やめて、パパ。助けて。
「瑞希、その手を離すのよっ」
パパのかたわらで、ママまでがそんなことを叫んでいる。
どうして? どうしてそんなことを言うの?
そんなにあたしが憎いの?
あたしがクラスで嘘つきと陰口をたたかれ、いじめにあい、せっかく合格した一流高校を中退したから?
転校した私立高校でもうまくやっていけず、結局はフリースクールに入ることになった。それがパパのプライドを傷つけたの?
――なあに、人生は何度だってやりなおしがきくもんだ。
そう言ってくれたのは、嘘だったの?
――いいか瑞希、生きていると苦しいこと、悲しいこともあるが、必ず楽しいことだってあるんだ。
そう言ってはげましてくれたのは、口だけだったの?
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