家族の舟板

1/5
前へ
/5ページ
次へ
 瑞希(みずき)は信じられない思いだった。 「みずきっ、離せっ、離すんだっ」  必死に舟のへりにしがみつく瑞希の手を、パパがひきはがそうとしているのだ。  どろんと灰色に垂れこめた雲の下に、大きな沼のような黒い水面が広がっている。そこに浮かぶ小さな舟。公園の池を遊覧する、手こぎのボートくらいの大きさだ。舟に乗っているのは、パパとママ。  瑞希自身は水中に投げだされている。泳げない彼女は、舟のへりに両手をかけ、這いあがる力もなく、必死にしがみついているだけ。  なのに、その手を、パパがひきはがそうとしているのだ。あの、やさしかったパパが。  やめて、パパ。助けて。 「瑞希、その手を離すのよっ」  パパのかたわらで、ママまでがそんなことを叫んでいる。  どうして? どうしてそんなことを言うの?  そんなにあたしが憎いの?  あたしがクラスで嘘つきと陰口をたたかれ、いじめにあい、せっかく合格した一流高校を中退したから?  転校した私立高校でもうまくやっていけず、結局はフリースクールに入ることになった。それがパパのプライドを傷つけたの? ――なあに、人生は何度だってやりなおしがきくもんだ。  そう言ってくれたのは、嘘だったの? ――いいか瑞希、生きていると苦しいこと、悲しいこともあるが、必ず楽しいことだってあるんだ。  そう言ってはげましてくれたのは、口だけだったの?
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加