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一方その頃、もう一つの教会でも、息をすることすら苦痛に思えるような状況になっていた。......主に花嫁の両親が。
さて、場所は変わって、ここは王城に併設されている軍の施設。その中におまけ程度の規模の教会がある。
軍人は死と隣り合わせの職業。
だからこそ、ここには教会がある。
そして近衛隊こと王に直属する軍人は、皆ここで結婚式を挙げるのが習わし。
なぜなら彼ら軍人達はいつ如何なるときでも有事に備え───
......という、勿体ぶった説明を抜きにして、現在、こちらの控え室では花嫁の両親が花婿に対して土下座をしていた。
ちなみに花婿は一人掛けの椅子に足を組んで、それらを見下ろしている。
そして白を基調とした軍服に金の装飾がしてあるその衣裳を身に付けた彼は、もはや花婿というより絶対的な支配者のよう。
「───......ギルフォード様、本当に......なんとお詫びを申し上げたら良いかわかりませんが......とにもかくにも、申し訳ございませんっ」
そう言った後、花嫁の両親は額を床に擦りつけた。
けれど花婿ことギルフォードは、肘おきに頬杖をついただけ。
……無言のままである。ただ眉間の皺は、先程よりも深くなっている。
それをこそぉっと伺い見た花嫁の両親は再び額を床に擦りつける。先程よりも無駄に激しく。
「む、娘のコラッリオは昔から私どもの予想を越える突拍子もないことばかりしておりまして......その......今回も」
「これが突拍子もないという言葉で片付けられるとでも?ヨーシャ卿」
もごもご同じ謝罪ばかりを繰り返す花嫁の父親に、うんざりしていた花婿のはとうとう言葉を遮り、そう問いかけた。
途端に、花嫁の両親は互いを抱き合い、ひぃぃぃっとこの世の終わりのような悲鳴をあげた。
そして目に涙を浮かべながら「どうか、命だけはご勘弁を」と必死に訴える。大の大人が命乞いをするなど情けない姿ではあるが、それほどにこの新郎は怖い様相だった。
そして軍人だった。しかも腰にはこんな時なのに帯剣をしている。
ヨルシャ国は軍事国家である。
だから階級では貴族より軍人のほうが上の場合がある。
なので現在謝罪を繰り返しているヨーシャ卿は、伯爵の地位にいる。
そして今回、花嫁に逃げられたギルフォードは爵位は無くても高位の軍人、少佐と呼ばれる者だった。
さて、その場合どちらが上なのか。
答えはほぼ同格。だけれども、彼の醸し出す威圧的なオーラによって上下関係はすでに言わずもがな。
しかも高位の軍人は、適当な理由を付けて人一人を簡単に処刑できる権限を持っていたりする。
繰り返し伝えるが、ここは王城に併設されている軍の教会。
そんでもって、王城の端には処刑場があったりもする。この教会で神に祈りを捧げ、これまでの半生を思い返すには少々足りない距離にある。
つまり、花嫁の両親の人生は、今まさにデッド・オア・アライブ状態。
......と、いう状況ではあるが、更に花嫁の両親を追い詰めるように、ギルフォードは、はぁーっと深いため息を付いた。
その瞬間、花嫁の父親は白目をむいた。
そんな不機嫌という枠を飛び出し、殺気の塊になったように見えるギルフォードは、今年で29歳。身を固めるには、少し遅い年齢だった。
彼の名誉の為に伝えておくが、怖い顔つきではあるが作りは悪くない。いや、眼光の鋭さに全部持って行かれているが、かなり顔は良い。
にもかかわらず、彼はこれまで浮いた話が一つもなく、この結婚にすら乗り気ではなかった。
なので花嫁に逃げられたことに対してはそこまでは怒っていない。それよりも、この後の対応に頭を悩ましている。
まずは神父に式の中止を伝えて、それから参列者に謝罪。自分が頭を下げるというのは少々腑に落ちないが致し方ない。
だがどんな理由にするのが一番面倒事にならないか……。
などとつらつらと頭の中でこの後の段取りを考える。
そこには花嫁に逃げられた花婿の悲壮さは皆無。厄介事を押し付けられた中間管理職の表情だった。
だからギルフォードは、だらだらとまるで時間稼ぎのように、意味のない謝罪を繰り返すこの花嫁の両親にとてもうんざりしているだけ。
そして「死ぬのは勝手だが、やることやってから死んでくれ」というのが素直な感情だった。
「ヨーシャ卿。いい加減、不毛な謝罪はやめてもらおうか。この不始末についてどう責任をとるか。それを私は聞いているんだ」
少し声音を強めてそう言えば、ヨーシャ卿は胸に十字を切った。……埒が明かない。
いっそ花嫁の両親が急病で倒れたということにでもしようか。この表情のままでいてくれたなら、きっと押し通せる。
そんな血も涙もないことをギルフォードが本気で考え始めた瞬間、バンっと乱暴に扉が空いたと同時に軍服姿の青年がこの部屋に飛び込んで来た。
「ギルっ入るよっ」
既に入室しているので、もはや事後承諾でしかない。
が、それはまぁ置いといて突然部屋に乱入してきたのは、なかなか見目麗しい軍人青年だった。
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