ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 ギルフォードの暖かい息を耳元で受けたシャンティは、手のひらで耳をごしごしとこする。  本人が部屋を出て行ったことにも気付かず、その執事がまだ部屋にいることにも気付かずに。 「───……ではシャンディアナさま、お屋敷にご案内します」  うわぁーうわぁーうわぁーと、声にならない悲鳴を心の中で上げていたシャンティは、その声に飛び上がらんばかりに驚いた。  けれどドミールは、びくっと身体をすくめたシャンティを見て、深々と頭を下げた。 「先ほどはことを急ぐあまり、大変無礼な態度を取ってしまい誠に申し訳ございません」  非の打ち所がない謝罪をされ、シャンティはぎょっとして手を前にしてぶんぶんと音がしそうな勢いで横に振る。 「いえ。とんでもないです」  何度も言うが、シャンティはとても人が良い、  だからギルフォードがシャンティを脅してでも式を挙げたかったのと同様に、ドミールだって同じ気持ちだったのだ。……と、シャンティは思い込んでいる。  だからシャンティは、ドミールが一瞬だけ何か企んでいそうな不敵な笑みを浮かべたことに気付けなかった。 「そうおっしゃっていただけるなど、身に余ることです……。本当にお優しい方でございますね。旦那様もこのような奥方を迎えられ、幸せ者でございます」 「え、いや私は仮の───」 「今頃旦那様は、酒豪の猛者たちをどう蹴散らそうかと意気込んでおりましょう。きっと旦那様のことですから、夕刻には戻られると思います」 「妻なんです───」 「それまでは屋敷にてごゆるりとお過ごしください。さぁ、馬車の用意もできております。お着換えもここにありますが、お一人で脱ぐのは難儀でしょう。屋敷に専任の侍女もすでにおりますので、今しばらくこのままでお願いします」  シャンティは思った。  この男(ドミール)、屋敷の旦那様にとても忠実だけれど、とてもせっかちなお方だと。  シャンティはお人好しの性格に加えて、とてものんびりとしている。なのだが、なぜか周りにいる人間はせっかちな人が多かった。ちなみに祖父も、祖母もそれに当たる。  そしてせっかちな人間は、時として人の話をきかないというのもよく知っている。  だからシャンティはこれ以上強く否定することはやめる。  それにもしかして、屋敷の使用人に向け、ボロがでないよう今から演技をしろと言っているのかも、と間違った解釈をしてしまった。  なので、シャンティは四の五の言わず、ぺこりと頭を下げるだけにする。 「……はい、ギルフォードさんのお屋敷に行きます」  そんなこんなで、シャンティはギルフォードの代理妻となり、そのままディラス邸でしばらく生活をすることになった。  さてディラス邸に到着したシャンティは、侍女の手によって花嫁衣裳を脱がされ、馴染みのある普段着を頭から被せられた。  次いで全てのボタンをとめる前に、リラックス効果のあるお茶が運ばれてきた。  断る理由もないし、なんだか断ってはいけないような気がして有難く頂戴し、一息ついた後は、退屈する間もなく涎が垂れてしまうほどの豪華な食事が運ばれた。  そんでもって別腹用のデザートまで用意されて。  ───……というわけで、シャンティは『あ、どうもどうも』という言葉を繰り返している間に夜になってしまっていた。  そしてついさっき「お疲れでしょうから、どうぞお湯をお使いになってください」と侍女から入浴を促され、シャンティはその言葉も素直に受け取り湯につかった。  もちろん代理妻を演じていることは忘れない。  だからシャンティは、余計なことは喋らず、聞かず、抗わずの3原則を胸に、当たり障りのない新妻を精一杯演じた。 「……つ、疲れたぁ」  しとやかな闇の中「うぃーっす」といった感じで、月がぷかぷか浮かんでいる。  シャンティは、それに応える元気もないのでそっと厚手のカーテンで遮る。  そしてより部屋が暗くなった途端、シャンティはふわぁぁっと大きく欠伸をした。  ゆっくりと湯につかったので、凝り固まっていた身体をほぐすことができた。ただ、そのおかげで、爆発的な睡魔にも襲われている。  ……眠い。瞼を開けていることが苦痛でたまらない。  チラリとベッドを見る。  シャンティに与えられた部屋は二間続きの豪奢なものだった。  身支度を整えたり、くつろいだりする部屋とは別に寝室までご用意されている。もちろんどちらの部屋も広い。  これまでフォルト家でシャンティが使っていた部屋の4倍はある。調度品にいたっては14倍以上の高級品だ。  ただ、これを見てもシャンティはときめかない。  なぜなら、この部屋はシャンティの為に用意されたものではなく、ギルフォードの本当の花嫁の為のものだということを知っているから。  ここが客間かもしれないという可能性もあるけれど、屋敷の使用人全員を騙していると思っているシャンティは、それを問うことはしない。  そんなわけでシャンティは、見たこともないギルフォードの本当の花嫁に向け「ちょいと借ります」と断りを入れてから、ベッドに腰かける。  けれど秒で、トスンと身体を横に倒した。ふかふかの布団の誘惑は予想以上に強力だった。  ……眠い。眠すぎる。  シャンティは再び大きな欠伸をした。  でも必死に眠気と戦っている。なぜなら、ギルフォードがまだ帰宅していないからだ。  起きて待っていろという指令は貰ってはいないけれど、すぐに帰ると言ったのは、まだ話足りないことがあったのだろう。違うなら違うで構わないけれど。  ただ、遅くなるなら先に寝てると断っておけば良かったと、シャンティは後悔した。  そして後悔しつつも、とうとう瞼を上げることはできなかった。そのまま、うつらうつらし始め……とうとう意識を手放した。  ただ、そのわずか2分後、部屋の扉が開いた。 「……んぁ」  ガチャリと扉が開いた音を何となく聞き取ったシャンティアは、目をこすりながらのっそりと身体を起こす。  寝ぼけているので、祖母が部屋に入って来たのかと勘違いしたのだ。けれど、次の瞬間、眠気はどこかに吹っ飛んだ。 「───……起きていたのか」 「はい?!」  シャンティアは素っ頓狂な声を上げながら、目を丸くした。  部屋に入って来たのは、祖母ではなくギルフォードだったから。  しかもギルフォードは、寝間着にガウンを引っかけた服装だった。つまりすぐに眠ることができる恰好ということで。  これはラフという枠を超えた、あまりに気軽な姿で……。そしてなぜだかギルフォードは当然のように部屋のベッドに腰を下ろした。  つまりシャンティの隣に腰を下ろしたのだが、彼は動揺するシャンティを見つめ、屈託なく笑った。 「良かった。さすがに初夜で花嫁に先に寝られるのはキツイからな」  いやこっちのほうがキツイです。っていうか、初夜って……契約違反じゃね?  そんなことを頭の中でツッコミを入れながら、シャンティは脱出経路を必死に探した。
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