ギャップに萌えする花嫁と、翻弄される花婿

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 シャンティは一点を見つめたまま動かないギルフォードをちらりと見ながら2度目のあくびを噛み殺した。  ぶっちゃけ眠い。眠いのである。  ついさっきギルフォードが無断で部屋に入って来た時は驚きのあまり、ぱっちりと目が冴えてしまった。  けれど、身体は疲れている。そして、吹き飛んだはずの眠気は、ブーメランよろしく手元に戻ってきてしまった。  ただ再び、この眠気というブーメランを飛ばしたいとは思わない。  今度はびっくりという言葉では済まないだろうから。下手をしたら口から魂を飛ばしてしまうかもしれない。  だからシャンティは隣にいるギルフォードに念を送る。さっさと寝かせてくれ、と。  それが無事に届いたかどうかはわからない。  けれどギルフォードは、すぐに顔をこちらに向け形の良い唇を動かした。 「そうだな……要求というほどではないかもしれないが、ここの使用人は退役した軍人たちもいる。だから粗野な部分がある。君にとって不快なことかもしれないが、それは受け入れて欲しい」 「全然問題ありません」 「そうか。では今の要求の続きだが、固っ苦しい礼儀作法ができない連中だから、君も肩の力を抜いて生活をしてほしい」 「むしろありがとうございます」 「あとは……」  尻すぼみになってしまったギルフォードに、シャンティは少々緊張してしまう。  それは、ギルフォードが他に要求はないかと確認しているわけではなく、とても言いにくいことを口になければならない為、息を整えているのがわかったから。  そしてシャンティがこくりと息を呑んだ瞬間、ギルフォードは口を開く。 「君は私の逃げた花嫁が見つかるまで代役をすると言ったね?」 「はい」 「その期間のことだが、君のその……逃げた花婿が見つかるまでという期間も加えて欲しい」 「……」 「といっても、君はこの屋敷に居てもらうから探す時間は無いだろう。だから、私の方で捜索させてもらおう」  あ、いえ。別に。  という言葉をシャンティは飲み込んだ。結構、強めに。  正直なところ、シャンティは逃げた花婿のことを探して欲しくはなかった。  なぜなら、見つかってしまえば、逃げた理由をどうしたって聞かなければならないから。  探さないでください。という手紙一つ置いて逃げたシャンティの花婿は伯爵さまだった。  でも、彼は逃げたのだ。それは爵位すら放棄したともいえる。  爵位は欲しいと思ったところで簡単に手にはいるものじゃないことは、平民のシャンティとて知っている。そして、失ってしまえば2度と手に入らないもの。  だからアルフォンスは、余程の覚悟があったのだろう。  それとも、余程、シャンティと結婚したくなかったのか。自分から求婚したくせに。  どちらにしても、知ったところでシャンティは嬉しい気持ちになることはない。できれば、なあなあで済ませて、風化させてしまうのが一番良い案件だ。  ......ただ、ギルフォードが探すと言ってくれたのは、善意であることもシャンティはわかっている。  「……はい。でも、お仕事に差し支えない程度で......」 「わかった」  ごにょごにょと不明瞭な言葉でギルフォードに同意をすれば、彼は小さく頷いた。さっさとこの話を終わらせたいとでも言いたげにその口調はとても素っ気ないものだった。  それからギルフォードは気持ちを切り替えるように、肩で大きく息をした。 「さて、ここからが本題だ」 「はいっ!?」  場違いな程の大声を上げたシャンティは、ベッドに座ったまま跳ね上がった。  それを見たギルフォードは至極冷静に「器用なことをするな」と関心する。  ただ逸れてしまいそうな思考を戻すように頭を軽く降ると、再び口を開く。  「私たちは端から見たら夫婦だ」 「はい」 「つまりある程度、触れ合いを持つべきではないか?」 「......なっ!?」  さっきまでの硬い声の持ち主とは思えないほど、滑らかで甘い響きを持ったギルフォードの口調に、シャンティは目を見開いたまま硬直する。 「もちろん君が言った通り、その......こ、子供ができるようなことをすべきではないだろう。......今は」  付け加えるように言った最後の単語も妙に気になる。  けれど、シャンティが口を挟む間もなくギルフォードは一層滑らかに言葉を続ける。 「ただ、手も触れない。腕も組まない。そんな生活が続けば、不審に思う連中もでてくるだろう」 「た、確かに」  ギルフォードの主張はとても正論だった。  それに引き受けた以上、成功させたいと思うのは誰しものこと。  ただ、内容が内容だけに。そしてこの状況が状況だけに、シャンティは素直に同意はできない。 「でも、ですね」 「なんだ?」 「ギルさんはもうすでに私に触れています」 「確かにそうだな。だが夫婦の触れあいからすると?」 「少なめ......ですか?」  ちょっぴりズルいけれどシャンティは、質問を質問で返した。  けれど、ギルフォードは気を悪くする様子はなく、本当になんでなのかわからないけれど、とびきり綺麗な笑みを浮かべた。  まるで、待ってましたと言わんばかりに。 「私は君のことをもっと知りたいと思っている」  瞬間、ふぅーっとシャンティは気が遠くなった。  もちろん眠気のせいではない。  ギルフォードは顔が良い。一見すると寡黙で、少し冷たい感じがして。まさにイケメン軍人だ。  そんな強面の男が蕩けるように笑ったら.....。それを直視してしまったら......。  意識が遠退きそうになるのも無理はない。  くらりとシャンティの身体が揺れる。ギルフォードはシャンティの腰に回していた手に力を入れ、優しく自分の胸に引き寄せた。  次いで、シャンティの手をそっと握った。 「だから、これくらいは許して欲しい」  そう言ってギルフォードは握っていたシャンティの手を取り、そのまま自身の唇を押し当てた。 「……っ」  指先にギルフォードの唇が触れた瞬間、シャンティの身体がびくっと撥ねた。  それは不快だからではない。  ぞわぞわ、そわそわ。なんだかとても落ち着かない気持ちになったから。 「駄目か?」 「……これくらいなら」  ───良いですよ。  そう言おうとした瞬間、ギルフォードの表情が変わった。 「よし。キスまでは良いということだな」 「ちょっ、それはっ」 「残念ながら場所を限定するとは君は言わなかった。というわけで、これは君の落ち度だ。そして私はこれ以上の妥協はしたくない」 「なっ」  二の次が告げないシャンティをギルフォードはゆっくりとベッドに横たえた。  ギルフォードのガウンがシャンティの肩から滑り落ちる。それをどちらも拾おうとはしない。 「大丈夫だ。シャンティ。怖いことはしない。さぁ目を閉じて」  この声はヤバイ。  お酒を飲んだことはないけれど、高濃度のアルコールを飲んだ時のように頭がくらくらする。  そしてシャンティは、自分の身体が笑ってしまうほど、くにゃりと弛緩していくのがわかった。 「……ギルさん」  潤んだ瞳でシャンティが名を紡げば、呼ばれた男は艶やかに笑った。  そして、良くできましたとご褒美を与えるように、シャンティの額に口づけを落とす。 「良い子だ。怖がらないでくれ」  その熱を孕んだ声と共に、シャンティの唇に温かくて柔らかい何かがそっと触れた。
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