prologue とある花嫁と花婿のご事情

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 突然乱入してきた軍人青年は、スラリとした中性的な顔立ち。まるで、この地獄のような空間に突如舞い降りてきた天使のようだった。  けれどギルフォードは、そんな彼を目にしても癒されるどころか、別の種類の苛立ちを露わにした。  そして、座ったまま口を開いた。頬杖すら外さずに。 「おいエリアス。今は取込み中だ。後にしろ」 「いやいやっ取り込み中なのは、見りゃわかるって。でも火急の件なんだよ。火急の」 「……報告書の差し替えを希望するなら、明日にしてくれ」 「んなわけないじゃん。っていうか結婚式にそんなことさすがの僕だってお願いしないよ」 「どうだかな」 「えー……」  そんな軽口を叩きながらエリアスと呼ばれたその青年は、震え上がっている花嫁の両親には目もくれず、ギルフォードに近づいた。  そして早く出て行けと目で訴えるギルフォードの耳に、こんな言葉を落とした。  先に言っておくが、自分が逃げた花嫁の代わりになるというクソみたいな提案をするわけではない。 「あのね、今入手した情報なんだけどね、今日別の教会で花婿さんに逃げられた花嫁さんがいるんだよ」 「それはまぁ......難儀なことだな」  心の底からどうでも良いというコメントを返したギルフォードに、エリアスは声を荒げた。 「馬鹿、そうじゃないっ」 「あ゛?もう一度言ってみろ」 「あーごめん、ごめん。失言だった。とにかく……まぁ最後まで聞いて、ね?」  軍人同士でもギルフォードの容赦ない威圧的なオーラは、半端ないようだった。  エリアスは顔を引きつらせ、取り繕うように両手を胸のところで合わせた後、声を落として続きを……というか、本題をギルフォードに伝えることにする。 「あのね、その花婿に逃げられた花嫁の名前は────なんだよ」  瞬間、ギルフォードは弾かれたように立ち上がった。  そしてギチギチと音がしそうなほどぎこちなく、エリアスに視線を向ける。 「......それは本当なんだろうな?」  冗談だったら殺すという視線を浴びても、エリアスは震えあがることはない。表情を真剣なものに変えて、しっかりと、大きく頷いた。 「ああ、間違いな」 「ドミール、式まではあとどれくらいの時間が残されている?」  ドヤ顔を決めたのに最後の【い】まで言わせてもらえず、不服そうな顔をしたエリアスを無視して、ギルフォードは斜め後ろに視線を向けた。  そこには、これまでずっと直立不動でこの状況を傍観していた壮年の執事がいた。  そして執事であるドミールは、素早く懐に手を突っ込んで懐中時計を取り出し口を開いた。 「おおよそ30分ほど」 「ギリギリ間に合うか、どうかか」 「大丈夫!僕の方で、ある程度の算段は立ててあるから。ギルは、花嫁さんを迎えに行けばいいだけ。馬車ももう裏に用意してあるし、花嫁さんはまだ間違いなくあっちの教会にいる」 「......お前、こういう時だけ準備が良いな」 「まあねー」  ふふんと鼻を鳴らした青年に呆れた表情を浮かべたギルフォードだったけれど、すぐに表情を改めた。 「エリアス、そこの場所はわかるか?」 「もちろん」 「なら案内しろ。最短距離で頼む。───ドミール、お前も来てくれ」 「そうこなくっちゃ」 「かしこまりました」  弾んだ返事と、慇懃な礼を受けたギルフォードは一つ頷くと足早に扉へと向かう。  ただ廊下に出る直前に振り替えって、突如変化したこの状況に追いつけず、ただオロオロとしている花嫁の両親に向けてこう言った。 「話の途中だが、少し離席する。お二方はこのまま待っていてもらいたい」 「はいっ」  軍人の敬礼より立派な返事をした花嫁の両親は、その後、訓練犬よろしくギルフォードの帰りを待っていた。  ......互いの身体を抱きしめ合いながら。
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