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こくこくとお茶を飲むエリアスにつられて、クローネもティーカップを手に取った。次いで、ゆっくりとお茶を飲み始める。
その仕草もとっても品があって美しい。隣にいるエリアスもかなりのイケメンなので、二人は並ぶととても絵になる。
ちなみにこの二人、美男美女で幼なじみというお膳立てされたような関係なのだけれど、なかなかそういう運びにはならないらしい。
でも、エリアスはまんざらでもないらしくて。
なにせ彼が軍人になったきっかけは、クローネが父親と大喧嘩の末に軍人を目指すと言って家を出たのを追いかけたから。
対してクローネは本当に軍人を志していたので、残念ながらエリアスの想いは未だに届いていないらしい。
つまりエリアスは、一方的な恋。いわゆる片思いをもう何年もしているそうだ。
……がんばれ。
なんだかシャンティは、エリアスにエールを送ってみたくなる。それは、同志という気持ちからなのだが、シャンティはそこまで自分の気持ちに気付いていない。
そしてクローネも、そういった感情にまるっと気付くことはなく、一旦、カップをソーサーに戻して口を開いた。
「私はね、なんだかんだ言って、ギルフォードのそばにシャンティちゃんが居てくれるのってすごく嬉しいんだ」
「うん、僕もそう思ってる」
合いの手のように、エリアスが頷いた。そして、そのまま続きを語り出す。
「ギルフォードはすごく誤解されやすいんだ。周りも敵ばっかりだし、見た目も怖いしあんまり人が寄り付かないし」
「そうなの。だからなんていうか、私達すっごくもどかしい思いをしてたの。でもね、シャンティちゃん、ギルフォードのこと怖くないって言ってくれたでしょ?すごく嬉しかった。ありがとう」
ぱっと華やかな笑みを浮かべるクローネと、爽やかな笑みを浮かべるエリアスは、シャンティが代理の妻だということを知っている。
でも、その短い期間でもギルフォードの傍にいてくれることに感謝の念を抱いているのだ。
シャンティはそれがひしひしと伝わってきた。
諸々のことは省いて、ギルフォードは部下に慕われているのだ。そのことは自分が誉められたのことのように嬉しく思う。
ただ、やはりシャンティは素直にその言葉を受け取れなかった。
「でも、私なんかが───」
「あーもう、その話はやめやめっ」
突然クローネがしんみりとするシャンティに、喝を入れるかのように声を張り上げた。
「とにかく、今日伝えたかったのは、シャンティちゃんがこの屋敷に来てくれて嬉しいってことを伝えたかったの!」
「はいっ。ありがとうございます」
「あと、私なんかなんて言っちゃ駄目っ」
「はいっ」
軍人らしく張りのある声で、次々と言葉を放たれ、シャンティも同じように返事をする。
けれどここでクローネは急に魅惑的な笑みを浮かべた。
「そんでもって、新婚旅行楽しんできてね」
「はいぃい?!」
ノリ良く返事をしようとしたシャンティは、思わず返事なのか何なのかわからない素っ頓狂な声を上げてしまった。
ここで突然だけれど、実はシャンティとギルフォードは1週間後に新婚旅行に向かうのだ。
これは急に決まったことではない。
本来なら、逃げた花嫁さんと計画していたことなので、事前に決められてことでもある。
ただギルフォードは、新婚旅行の話をした後、シャンティに無理に行かなくても良いと言ってくれていた。
それはシャンティが代理の妻を引き受ける際に、あまり公の場に出たくないと言ったからであって。
それをギルフォードはきちんと覚えていてくれたのだ。そしてシャンティの気持ちを優先させようとしてくれている。
その気遣いがとても嬉しかった。
ただ、それが決め手となって新婚旅行に向かうことに同意したわけではない。
シャンティが、ギルフォードと共に過ごしたかったから。
なんとなく予感だけれど、そう遠くない未来、どちらかの逃げた相手の行方がわかるだろう。
だからこそ、シャンティは限られた時間の中で、たくさんの思い出を作りたかった。
とはいえ気持ちを見透かされてしまったようで、少々居心地が悪い。
なので、もう一度クローネの言葉を頭の中で咀嚼してから、もじもじと返事をし直す。
「た、楽しめるかどうかはわかりませんし、これはその......代理の役割のひとつでもありますから......」
取って付けたような言い訳をこいて、シャンティはすっと2人から目を逸らす。
そうしなければ、超が付くほど楽しみにしていることがバレてしまう。それはマズイ。なんかとってもマズイ。っていうか恥ずかしい。
というシャンティの気持ちは、幸い気付かれることはなかった。
ただエリアスは、表情を真面目なものに変えて、首を横に振った。
「そんなこと言っちゃ駄目だよ。ギルフォードはとっても楽しみにしているんだから」
「そうなんですか?」
「そうだよ。だから今、休暇を取るために、ものっすごく頑張ってるんだよ」
「......」
───いやもうどうしよう。めっさ嬉しい。
と、いう言葉をシャンティは気合いで飲み込んだ。でも、飲み込んだ拍子に頷いたような仕草を取ったので、それが幸いにも同意した合図になる。
「うん。これまで仕事一筋だったのに急に愛妻家になったから、みんな驚いているよ。ま、シャンティがちょっと幼く見えるからロリコンっていう噂もついでに───」
「誰がロリコンだ。この馬鹿者」
何の予兆もなく、そんな不機嫌な声がシャンティの背後から聞こえた。
もちろんシャンティの向かい合わせに座っているクローネとエリアスには、それが誰だかわかっているようで、2人は途端に立ち上がり、軍人らしく胸に手を当て礼を取る。
ちなみにシャンティも声だけで誰だかわかったのだが、立ち上がることはできなかった。
長い足であっという間にシャンティの背後に来たギルフォードの腕が、ソファ越しにシャンティの身体をぎゅっととらえたから。
「ただいま。シャンティ」
「お、おかえりなさい。ギルさん」
重なった左手にはお揃いの指輪がキラリと光っている。それが妙に気恥ずかしい。
なのにギルフォードはそんなシャンティにお構いなく、頭のてっぺんに口づけを落とした。
そういう触れ合いは毎日のことではあったけれど、今は来客がいる。シャンティは、ぼっと火が付いたかのように顔を赤らめた。
礼を取りながらも、生ぬるい視線はこれでもかとこちらに向かっている。
「……あのう、お二人が見ています」
「見てない」
恥ずかしさから身をよじるシャンティをギルフォードは更に優しく包みながら、きっぱりと言い切った。
ちなみにクローネとエリアスはそろって背筋を伸ばして立ってはいるが、壁紙の一点を凝視し、口元に形だけの笑みを浮かべていた。
人はこれを心を殺した表情ともいう。
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