捕獲された花嫁と、交渉する花婿

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 シャンティは、もうギルフォードが望む人助けがどんなことなのかわかっている。  ギルフォードが言った「君にしかできないこと」というのは、にしかできないことだと気付いたから。  だから今すぐ「やっぱナシ」と言って馬車から飛び降りたい。  でも、シャンティはギルフォードの膝の上に鎮座して、そのお腹には太い腕が絡みついている。  それは甘ったるいものではない。どう考えても逃亡防止のためのものであった。取り押さえられていると言っても過言ではない。  くそう。いい男にはトゲがある。人を見たら厄介事と思え。  そんなふうに、これまでの人生観を全否定する言葉をシャンティアは心の中で吐く。  それ程までにシャンティは、生まれて初めて自分のお人好しを後悔した。それと共に面食いな自分を激しく恨んだ。  だが、時間を巻き戻すことはできないし、顔が良い男はどうあっても大好物である事実も否定することはできない。  そしてシャンティを膝に抱いている顔だけは良い男は、とうとう執事との打ち合わせを終えてしまった。 「さて、遅くなったが」 「……はい」  シャンティはごくりと唾を呑んだ。いっそ、耳を塞ぎたい。  けれど只今花嫁の椅子になっているこの男は既にそれを予測しているようで、シャンティの両手にそっと自分の手を重ねた。  そして身体を捻って、シャンティと向かい合い、形の良い唇を動かした。  「突然の事で悪いが、君は今から私と結婚してもらう」 「……」  予想通りの展開に、シャンティは賢くも無言を貫いた。  けれど、ギルフォードはそれを間違った意味に解釈してしまったようだった。 「車輪の雑音で聞き取れなかったようだから、もう一度言う。大切なことだしな。悪いが君は今から私と結婚式に出てもらう」  夢ならばどれほど良かったでしょう。  花婿に逃げられ、身代わりの花嫁を頼まれたシャンティの脳裏には、ライムっぽい歌がぐるんぐるん回り始めた。  そして、これが本当に夢であれば良いと必死に祈った。さっきも確認したばっかりだが、でも心から願った。  けれどこれは夢ではない。限りなく悪夢に近い現実だ。そして現在進行形でシャンティは選択を迫られている。  いや、選択という生易しいものではない。  ギルフォードの目は有無を言わさない真剣なものだった。ここまでの経緯を思い出しても、これはいわゆる恐喝というものだった。 「いやいやいや、ちょっとたんま」  シャンティは、過去、未来全ての勇気を総動員して、ギルフォードの言葉を遮った。 「あのですね。質問しても?」 「ああ、構わない。だが手短に頼む」  柔らかく包み込む声音なのに、しっかりと人を従わせる何かを含んだ口調にシャンティは緊張のあまり乾いてしまった唇を舌先で潤す。  そして、息を整えてから口を開いた。 「あなたの───」 「ギルと呼んでくれ」 「は?あ、はいっ。わかりました。……えっとそれで、ギルさんの花嫁が私とはいかに?」  聞きたいことは山ほどあるが、何はともあれ、まずこれをはっきりさせるのが一番大切だった。  もちろん見ず知らずの人間を取っ捕まえて、恐喝するくらいだからそれ相応の理由があり、答えにくいことだろう。  シャンティは聞いてしまったそばから、ほんの少し罪悪感で胸が痛くなる。  しかし質問を受けた側は、とても平然としていた。そしてあっさりとシャンティの質問に答えた。 「私も君と同じということだ」 「……」  シャンティはその言葉で全てを理解できたけれど、返す言葉が見つからず口を噤んだ。  でもこのギルフォードという男は、顔が良い分やっぱり察しが悪い。  気遣いから無言でいるシャンティを、違う意味にとってしまったようだ。 「答えが短すぎて理解しがたいようだな。ならもう少し詳しく説明すると、私も君と同じく相方に逃げられてしまった一人ということだ」  軽いウィンクまでして、再度説明を終えたギルフォードに、シャンティの眉は八の字に下がった。 「それはまぁ……なんと……」 「いや、慰めの言葉は互いに不要だろう。それより君の質問は以上かな?シャンディアナ嬢?」  ギルフォードの口調は質問を歓迎するものではなかった。けれど残念ながら、ここで疑問が追加されてしまった。 「なぜ私の名前をご存知で?」  シャンティの質問に、ギルフォードは目を逸らした。まるで自分の失態に気付いたように。 「まず、ぶしつけに名を呼んだことは謝罪しよう。……質問の答えだが私は軍人で、君の祖父殿は軍事施設で働いている。そして私と祖父殿は多少の交流がある」  「そうですか。あ、いつも祖父がお世話になってます」 「いや、こちらこそ」  シャンティが素直に納得し、ありきたりな挨拶を交わした途端、ギルフォードは再び自分のペースを取り戻した。 「式にはあと10分程度で到着する。だからあまり説明をする時間はない。が、安心したまえ。式と言っても所詮、知らない男性と腕を組んで歩いて神父の話を適当に聞いて書類にサインをする儀式だ。何も不安を覚える必要はない。こちらに歩いて来てもらえさえすれば私がフォローする」  きりっとした顔で言い終えたギルフォードは、最後に『何か質問はあるか?』とシャンティに問うた。  対してシャンティは眩暈を覚えて片手で顔を覆った。
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