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シャンティは顔を覆ったまま小さく唸る。
それは、女性が憧れる結婚式をこんな身も蓋もない表現をした花婿軍人に対してデリカシーがないと怒りを覚えているわけではない。
それよりも、この突拍子もない人助けを、もう既にシャンティが引き受けると思い込んでいる口調に呆れ果てているのだ。
シャンティは自他共に認めるお人好しだ。
でも人助けに限度があることは知っている。そしてこのお願いが、人助けの枠を飛び越えて無理難題ゾーンに入っていることにも気付いている。
だから───”困った時はお互い様”……グッバイ。私の座右の銘。
シャンティは、これまで胸に掲げてきたこの言葉をぐしゃっと握り潰してから、口を開く。
「あのう」
「なんだ?悪いがあと6分で到着する。というわけで。質問は手短に頼む」
質問を拒む匂いを漂わせる花婿軍人に、シャンティはぐっと拳を強く握る。
情けは人の為ならず。
新しい座右の銘を胸に掲げたシャンティは、ピンと背筋を伸ばして辞退を申し出ることにした。
「あなたはそれで良いかもしれませんが、私の立場としたらちょっと困るんです」
「というと?」
「あなたは一先ず式が挙げることができて、なんとか体裁を保つことができるかもしれません。でも、私の方は今ちょっと大変なことになっているんです。特に教会の控室の方は混乱を極めているでしょう。うっかり馬車に乗ってしまいましたが、私、早々に戻らないと。なのでこの件は引き受けられな───」
「話を遮って失礼。なるほどな。すまない、これも説明不足だったな」
え?説明不足?
不足どころか、そもそもこんなキテレツな提案を受ける気など無い。
そのニュアンスは十分伝わっているはずなのに、ギルフォードはそんなことはお構いなく淡々と口を開いた。
「まず、君が式を挙げる教会で祖父殿が大変怒り心頭だったようだが、これはさっきの青年……エリアスという者なんだが、きちんと間に入って対応させてもらった。都合の良いことにアイツは軍人であり爵位持ち。だから相手方に反論を許さず、祖父殿の言い分を伝えてくれているだろう」
「あ、それはどうも助かりました」
「いや、礼には及ばない。それと君の相方は伯爵であるが、王都の警備団の団長補佐も任されていたな。だからあいにく急な仕事で式を延期するという体にしといた。案件は確か……」
「式に向かう途中に窃盗犯を現行犯逮捕した。で、ございます」
「ああ。それだ、それ。警備団長殿にも、その旨伝えてあるはずだから、後になって矛盾が生じることはない」
執事のアシストも加えて説明を終えたギルフォードに、シャンティは思わず声を上げた。
「そんなでっちあげしちゃって良いんですか!?」
「安心してくれ。でっち上げではない」
目を剥いたシャンティに、ギルフォードは子供をなだめるような柔らかい笑みを浮かべた。ついでにシャンティの頭を軽くなでる。
どうでも良いがこの男、やたらシャンティとスキンシップを取りたがる。
「今朝がた窃盗犯は私が捕まえた。そして処理が面倒だったので警護団の詰め所に放り込んでおいたんだ」
「結婚式当日に何やってんですか?」
「向かう途中に悲鳴が聞こえたんだ。しかも犯人が目の前を横切ろうとしていたんだ。捕まえるのは条件反射だ。仕方ないだろう」
「そりゃそうですけど……」
「それにそんな寄り道はしたけれど、私は式の時間に間に合った。問題ない。……と、失礼。話が逸れてしまったな。つまり窃盗犯を捕まえたのは事実ででっち上げではない。誰が捕まえたなど然したる問題ではないしな。王都の平和を護れたことが一番大事だ。軍人たるもの国外に目をむけるだけではなく……と、すまない、また話が脱線してしまったが、とにかく現状君は花婿に逃げられた花嫁ではない。花婿の仕事を優先した、理解ある花嫁という体になっている」
「……いや、でも……そんな都合のいい話なんて誰が信用すると?」
「我が国は軍事国家だ。そして、軍人しかり警護団しかり、王都では冠婚葬祭当日に急務が入るなど日常茶飯事のことだ」
王都滞在期間数か月のシャンティは、そこら辺の事情に明るくない。
だから強く否定することはできない。とはいえ納得もできない。
でもこの用意周到さに、若干引いてしまう。まるでこうなることを予測していたかのようだ。
思わず胡乱げな眼差しを向けてしまうシャンティに、ギルフォードは、茶目っ気ある笑みを浮かべこう言った。
「長々と話してしまったが、つまり私が困った人を見捨てられないように、君だって目の前で困っている人をほっとけるほど器用な人ではないと思ってお願いをしているんだ」
───助け合いって言葉使えば丸く収まると思ってんじゃねーぞ。この人攫いがっ。
なぁーんてことをシャンティはこれまた心の中で叫んだ。かなり食い気味に。
でも、やはり目の前の軍人オーラに凡人が勝てるわけがない。
でもこんな無茶ぶりは、おいそれと受けることはできない。
さてどうしたものかとシャンティが頭を悩ましている間に、ギルフォードはさっさと話をまとめようとする。
「というわけで、あと3分で教会に到着する。これからの段取りだが───」
「お話を遮ってごめんなさい。えっと……あのですね。私の祖父が言ってたんですけど……」
シャンティは悩んだ挙句、ギルフォードに諦めてもらうため別のルートを選択した。
でも、さらりと祖父を巻き込んでしまったことは胸が痛い。しかし、やっぱり我が身が可愛いので、説得を続行することにする。
「世の中どうにもならねえ事もある。でも、あがくばかりじゃが能がない。時には酒でも飲んで忘れちまうのが利口だ、と」
「なるほど、それは一理ある」
暗に悪足掻きはやめて、現実を受け入れろ。そして他人を巻き込むなと伝えたところ、ギルフォードは一度は頷いた。
けれど「だが」と間髪入れずに前置きをした後、言葉を続けた。
「これはどうにもならない問題ではない」
「えー」
思わず情けない声を上げたシャンティに、ギルフォードは申し訳なさそうな表情ではなく、ただ軽く眉を上げただけだった。
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