31人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっ、あっ、そんなに強かった…?」
慌てて、しゃがみこんだ私の頬にSKYは
チュッとキスをした。
「!」
「な、朝に仕事終わるから、うち来ない?
もっと楽しもうよ、香港」
「…」
「あれ…。もっと嬉しそうにしてよ。
お前だってちょっとは」
「止めて」
私はおもむろに彼の事を想い出してしまっていた。
封印していた嫌なことが一気に押し寄せてきて、涙が落ちそうになる。慌てて立ち上がるとそのままSKYを見下ろした。
「私、さっきまで貴方の事、すごい人だなって思った。
でも、今、そうやって軽い言葉で誘う貴方がなんだか好きになれない」
SKYから顔を背け、正面の夜景を見た。
そこには嘘つきな彼がいる対岸の夜景が見えていた。
堪えきれずに涙が溢れ、バルコニーの手すりに思わず顔を伏せる。
「男なんて、大っ嫌い」
返事はなかった。
SKYはどこかに行ってしまったようだ。
もう、知らない、
あんなやつについてこなきゃよかった…。
暫くそこで泣いていたら、
フロアの方で音楽が止まった。
「ごめん」
声がして、顔を上げたらSKYが跪いていた。
一呼吸おいてムーディで落ち着きのあるジャズが流れて来る。
「ヒロに変わってもらった。彼もここで働いてる」
彼は縋るような目つきで私を見上げている。
「お前、今までの子とは違うな。
俺さ、父親が誰かわかんないんだよね。
学の無いおふくろが日本語だけは話せるから、
多分日本人らしいってことはわかってるんだ。でも問い詰めてもおふくろは親父の居場所を最後まで言わなかった。どうやら妻子がいたらしくてさ。きっと会いに行ったら迷惑なんじゃないかとか気を遣ったんだと思う。俺を一人で産んで育てて、三年前に病気で死んだ」
「……」
「フェリーでお前が日本人に見えたから放っておけないんだって思ってた。けど、そうでなくても知り合えてからずっと綺麗だって思うし、ずっと俺の心を占めてる。
なんでかな?」
「……」
「名前、知りたいんだ。教えてくれる?」
私は首を横に振った。
教えたところで何になると言うの?
「いつまで香港に?」
「…」
「明日、香港を案内する。
知り合えた記念に」
そう言って、SKYは私に手を差し伸べた。
そして、私から彼の手を取るのを
じっと待っていた。
私だって、嘘をついてここに居る、と
差し出された彼の大きな掌に思う。
彼に詫びなきゃいけないのは
私の方だ。
私はSKYの手を取った。
それから夜が明けるまでSKYは周りの誘いなど
気にも止めずに私とだけ踊ってくれた。
最初のコメントを投稿しよう!