Hearts

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ガコンと音を立てて、フェリーは乗り込んだ九龍(きゅうりゅう)半島南端の商業地区であるチムサーチョイから、対岸の香港島北岸の中環(セントラル)の船着き場に着いた。 雨はまだ強く地面を打っていた。タラップを降りる直前、SKYが走るぞと呟き、私の頭に被っていたキャップを乗せて、繁華街の方へと走り出したから慌てて追いかけた。 中環(セントラル)は香港において早くから栄え、多くの多国籍機関の本部や支社があり、各国のエリートビジネスマンが駐在していたり、日本の領事館が入居するビルもある、中心的な商業地区だ。そんな中環は、輝かしい昼のビジネスの顔とは別に、夜は国際色豊かな人種の集う大人の社交場へと姿を変える。その中心を担っているのが最先端のクラブミュージックの音楽の流れる数々のナイトクラブだ。 クラブは早いところで正午から翌朝の四時や五時までその扉を開き、踊ったり、美味しいカクテルを楽しんだり、男女の出逢いのワンシーンを飾るのにうってつけの空間を演出していた。 SKYの名刺を見た時、その店名が違ったから、一年前に彼と来た店ではないと安心していた。でも、SKYに連れて行かれた店は店名こそ違っていたが、同じ場所にあった。店の名前が変わったのかもしれない。 コンクリート打ちっぱなしの壁に濃いブルーのネオンの「Hearts」という文字が浮いている。店の前には抱き合ってキスしている若いカップルがいた。確か建物は三階建てで、一階と地下がダンスフロア、二階はクールダウンにうってつけな少しボリューミーな音楽の流れるカクテルバーになっていて、そこで彼と踊り疲れて、シャンパンを飲んだ記憶がある。記憶を辿って一階の入口から入ろうとした時、SKYに腕を掴まれた。 「こっち」 SKYは店の入口ではなく、その隣の狭い路地に入って行った。暫く行くと、壁伝いに小さな鉄でできたはしごがかかっている。 「こっから入ると楽しい」 楽しいって、剥き出しの梯子に登れっていうの…? スカートだし…と渋っていたら、いきなり腰を抱きあげられて、地面から一メートル程は浮いた梯子の先端に手がついた。 「登った奴は入店料タダになるって知ってる?」 「登ります」 「そう来なくちゃな」 SKYを見下ろしたら笑っていた。 ここ、入店料、ちょっと高かった気がするんだ。 初めてだって嘘ついているから言えないけれど。 有難く思いながら慎重に昇って行く。 梯子はバーのある二階を通り越して、 三階に到達、そこには少し開いた窓があった。 黒いカーテンがかかっていて中は見えない。 「入って。俺、遅刻気味。  時間ない」 お尻をグイッと押されて、 飛び込むように部屋に降り立った。
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