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「こんにちは。おひとりですか?」
声を掛けられたのは、まさに不機嫌さが最高潮な瞬間。頭の後ろから囁くように言われた台詞に思わず裏拳で返してしまいそうになり、藍沢は深く息を吐いて自分を落ち着かせる。
数秒の間をおいてゆっくりと振り返った先には、見知った黒髪の少年の姿があった。ほっそりとした長身の肢体を黒のコートで包んだスタイルが憎らしいほど様になっている。
「こんな可愛い子をひとりで放置するなんて、ひどい彼氏もいるもんだな」
「ああ、本当にな。いい加減頭にきてるから、そろそろ別れようかと思ってたところだ」
睨むように見上げられ、恐ろしく剣呑な言葉で返されてしまった少年は、苦笑しながら藍沢の向かいに腰をおろした。
「俺が悪かったですゴメンナサイ。お願いだから捨てないで」
「てめぇ、二十分も遅れてきてゴメンで済まそうと思ってやがんのか。大体、捨てるも何もお前を拾った覚えはねぇ」
「照れなくてもいいのに。でも、そういうところも可愛いよ、リラちゃん」
「名前で呼ぶなっつってんだろ!」
不機嫌さの度合いを一気に増した藍沢に完璧なスマイルで笑い掛けながら、黒髪の少年――穂積は、目の端でさりげなく腕時計を確認する。藍沢は二十分待ったと言ったが、実際は長針が待ち合わせの時間よりもインデックスを二つほど移動した程度だ。自分の遅刻が二倍に勘定されているのは、恐らく藍沢が約束の時間の十分前にやってきたからだろう。ご丁寧にその分までカウントされてしまったが、そのことについて藍沢と論争する気は全くない。授業は平気でサボるくせに、約束の時間は死んでも守るという変に律儀な藍沢の性格を、穂積は自分でも珍しいほど気に入っていた。
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