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「お前が飲むんじゃないのかよ」
香り高く立ち上る湯気越しに穂積を見やると、そこには相変わらず楽しそうな笑顔があった。決して浅い付き合い方はしていないつもりだが、それでもこの悪友の考えることは藍沢にはよくわからない。
「藍沢、ココアは好きだろう? この店はクリームソーダもうまいけど、それ以上にココアがおいしいらしいんだ」
「だから?」
「だから」
どうぞ、と優雅な手の動きだけで飲むことを促された藍沢は、片手で乱暴に頬杖をつき、不機嫌さをこれでもかというほど前面に押し出した表情で穂積を睨み付けた。
「俺は、お前のそういう何でもわかってます的な態度が滅茶苦茶気に入らない」
「まぁ、そう言われるだろうとは思ったけど、俺にだってわからないことや予測不可能なことは沢山あるさ。例えば」
カランと、透き通った音をたててクリームソーダの氷が踊る。その動きに釣られたように、一斉に水面を目指して浮上する小さな泡。
「藍沢が、そのココアをおいしいと思ってくれるのかどうか、とか」
穂積がウィンクをしても何の嫌味も違和感もないことが、藍沢にはまた腹立だしい。だが、目の前のココアには罪がないことは藍沢にもよくわかっていた。いつまでも意地を張っているのは賢くないと判断し、カップへとその手を伸ばす。
「どう?」
「うまいんじゃねぇの?」
そう認めざるを得ないほど、そのココアは確かに美味しかった。渋々ながらも快い回答を貰った穂積が、目を細めて微笑む。それがあんまりにも嬉しそうだったから、藍沢は不覚にも、次にこの店に来たときはメロンソーダを飲むのも悪くないかもしれないなどと思ってしまったのだった。
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