【第1章】西城縁という女

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パンっと勢いよく両手を合わせて、機嫌よくそう言うと、彼女はまたいそいそと甲斐甲斐しく小皿におにぎりを乗せてくれる。 「……いただきます」 遠慮がちにそう言えば、彼女は嬉しそうに笑って「召し上がれぇ」と自分のおにぎりにパクついた。 なんというか、たとえおにぎりであっても、他人の手料理は久しぶりだ。世の中には他人が作ったおにぎりを食べられないという人もいるらしいが、気にしたことがない俺にとっては衝撃。 そいつらの気持ちがちょっとだけわかるのは、自分が嫌いだと思っている彼女が握ったおにぎりだからだろう。違和感しかないこの現状に納得いっていないだけかもしれないが、空腹のままでは戦もできぬと昔の人は言ったので、目の前のおにぎりを素手掴んで頬張ったまでは良かったのだが。 え。 マジで。 めっちゃうまい。 何コレ。 こんなうまいおにぎり初めてなんだが。 たかがおにぎり。されどおにぎり。 絶妙な塩加減とノリの香ばしさがマッチして、固くも柔らかくもない米が、口の中に入れた瞬間にほろりとほどける。米の甘みが口いっぱいに広がったかと思えば、ノリから得られた磯の香が鼻を抜ける。 おにぎりの中央に具材として鎮座するのはアサリの佃煮。 が、たぶんこれ既製品じゃない。既製品は水気をかなり飛ばしたイメージがあるが、原型をとどめ、ほんのり色づいたアサリがこれでもかと入っている。 甘辛さと同時にアサリの味がしっかりと口の中に広がって、ところどころに入っているみじん切りの生姜がいいアクセントだ。 それほど感じていなかった空腹が一気に押し寄せ、がつがつとおにぎりを喰らい尽くす。指についた米粒のひとつまで丁寧に扱いたくなる代物だ。 あっという間に一つ食べ終わった俺に対し、彼女は一つ目のおにぎりをちまちまと食べながら次のおにぎりをすすめてくれた。 「片山さんのために大き目につくったの。私はひとつでおなかいっぱいになるから、残りの二つ食べていいよぉ」 「……ん。もらう」 遠慮なくと次のおにぎりを掴むと、彼女は嬉しそうに俺を見ながらマグカップに入ったわかめスープをコクリと飲む。アチチと小さく舌を出していたが、おにぎりに夢中な俺は気づかない。
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