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新しいカフェともなれば、きっとおしゃれで知的なものだ。雇われる従業員の身なりや容姿もそれなりに必要になってくるだろう。自分には無縁過ぎる話に、自嘲が出てしまうのも当然の話だ。しかしそんな諦めムードの心中を知らず、彼女は長い睫毛を瞬かせながら俺を見上げた。
「片山さんもヘッドハンティング狙ってるぅ?」
ニンマリと笑う彼女は、決して俺を貶しているわけではないけれど、少し嫌な気分になったのは仕方がない。彼女は俺が自身を卑下していると知らないが、だからといって心中穏やかではいられなかった。
「……別に。だったらいいなとは思うが」
嘘でも本当でもない曖昧な答えで濁すことによって、自分の気持ちを誤魔化す。そんな俺の反応に、彼女は思ったよりもそっけなく「ふーん」というだけに押し留まって。
それ以上、その話題は続かず、彼女はどうでもいい話題を繰り出しては、俺が適当な相槌を打って歩き続ける。
相変わらず自分の腕に絡みつく重みにもそろそろ慣れてきたころ、人ごみの多い駅構内に歩いていくと、彼女は急に歩みを止めて壁際に背中を付けて座り込んだ。
「お、おい。急にどうしたんだよ?」
「ほけ? あ、目的地。ここ」
「はぁっ!?」
急な展開に思わず声をあげたものの、雑然と人が行きかう駅構内でそれに反応したのは間近を歩くごくわずかな人で、すぐに足早に去っていく。
座り込んだ彼女を一瞥するも、構内の壁際に座り込んでいるのは、なにも彼女だけではない。格段おかしい部分もない男女が壁際に居たところで人々は足を止めない。
彼女の行動に戸惑いながらも、座り込んでしまった彼女を見つめていると、俺を見上げ、自分と同じように座るよう指先で指示をする。
意味も分からずしぶしぶと彼女の隣に肩を並べて駅構内を見渡すと、彼女の気配が静かに自分の肩に触れた。
「あのね。……たぶん、きっと。片山さんならわかってくれると思うの」
この感覚を共有できるかな? と意味ありげな言葉を続けた彼女は、俺を見上げてふふふっと笑う。
訳も分からず眉間にシワを寄せれば、彼女は流れるように俺の手を握りしめて目を閉じる。
騒々しい駅構内の中で何を始めるのかと、ますます動揺する俺の目に飛び込んできたのは――。
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