【第1章】西城縁という女

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準社員と言っても所詮は時給だ。仕事をしなければお金はもらえない。しかし、行きたくないという気持ちも徐々に膨らんでくる。 昔の自分が観たら、きっと泣くだろうと思う現状も、今の自分にとっては当たり前になって麻痺している。 そんな時だ、彼女がバイトに入ってきたのは。 「西條縁でーす。よろしくー」 年齢が近いとは思えない、なんて間の伸びた話し方をする人だと、眉を潜めたのも無理はない。 店長のおかげで年中無休で人手不足だったため、入ってきてくれたのは感謝できるが、もう少し人は選べなかったのかと思う。 店長が勝手に面接して勝手に採用したらしい彼女は、そこそこ見た目がいい。 うっとりとした眠たそうなタレ目に、女性としては引き締まった体。胸はさほど大きくもなければ小さくもない、体格に適したサイズだと思う。 身長は平均的はあるが、周囲の女性よりすこしだけとびぬけて見える。 黒いストレートの髪は少し痛んでいるようで、面倒なのか適当に後ろで一つに束ねているだけだ。化粧っ気も微妙ですっぴんに近いらしく、女子高生のバイトが尋ねたところ「ファンデと眉毛、時々リップ」という答えが返ってきたそうだ。 二十八歳でそれもどうだろうと思うのだが、不潔ではないため不問とする。 仕事はといえば、物覚えが良いが、しゃべり方同様、かなりのんびりとしている。 慌ただしい昼食時や土日なんかでも、間延びしたしゃべり方をするものだから、周囲がイライラしてしまう。 そんな彼女を見ていれば、店長が顔で選んで入れたのだろうとパートのご婦人方に揶揄されていたのだが。 店長のお気に入り枠で入ってきたと考えていた彼女は、なぜか店長と対立することを選んだらしい。 とある時、とあるバイトがミスをした。ミスと言うより、調味料を補充し忘れていたという比較的優先度の低い仕事に対し、店長が怒鳴り散らしたのだ。たったそれだけの事で怒鳴り散らされたバイトはたまったものではない。 しかし、ミスをしたと決めつけられ、店長という上の立場の人間に怒鳴られれば、誰だって萎縮する。 言い返さない事をいいことに、セクハラまがいの発言まで織り交ぜて怒鳴り散らす店長に対し、バイトが涙目になり始めた時だった。 「やだテンチョー。唾飛んでるー。汚ぁい。ってかこわっ」
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