『新しい自分』

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 薄暗い研究室に、死後数週間経っているような男の死体があった――――室温の高さにやられたのか身体は腐って異臭を放ち、肉を漁る虫達によって見るも無残な物体に変わっていた。  その物体に集る虫を、興味津々な目で観察する、白衣を着た男が居た。  顔立ちは整いすぎて、まるで人工物のようだった。  顔だけではない、身体のあらゆるパーツが整いすぎていた。  これらは男が作り上げた偽りの、けれど現実の肉体だった。  男は研究者だった。その飛び抜けすぎた内容から学会を追われ発表する場所すらなく、死ぬまでこのカビの匂いがする一軒家で自分の興味だけを突き詰めるだけの狂人だった。  男は死体に群がる虫の観察に飽きたのか、息抜きは終わりだというように再び機械の前に立った。  その機械は男が開発した、新型の装置だった。  男が死ぬと保存されているDNAをコピーし、そこから特殊な細菌から抽出した成分を使ってタンパク質を作る。そして自分の体という部品を約2週間ほどで全自動で作れるという代物だ。  様々な動物を使って装置の動作確認を行い、2週間ほど前に自身の体を使った最終確認を行ったのだった。  そうして1週間程度かけて身体の違和感や痛みがない、正常な状態であることを確認し実験は成功であった事を喜び、この喜びに舞い上がったのか実験動物のカゴを、虫や小動物を入れていた、倒してしまった。  『新しい自分』を手に入れた男は、古い自分と言うべきタンパク質などの塊を片付けるのすら忘れて喜んでいる間に、気づいたら虫達の餌になっていた。ふと自分がどう食べられるのか、興味が沸きせっかくなので虫の観察をしていたというわけだった。  この実験は男の人生に対して不満を解消するための物だった。人は人生1度きりに対して、余りにも選択肢が多くどの選択肢が一番幸せになれるかどうか不確定だからだ。  それなら選択肢を全て選べるように、自分を作ればいいと思い、一人研究に没頭し完成したのであった。
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