1.カルテ庫の違和感

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1.カルテ庫の違和感

 ふとしたとき、違和感を覚えることがある。それが何かはか解らないし、そもそも解るものなら違和感は生まれない。  何か解らないから気持ちが悪いんだ。  でも、気にしたって仕方がない。私はなるべく意識にしないように、じっとカルテ棚に視線を走らせる。  えっと、な行のカルテは――ん? あれ? どうしてこのカルテ、患者の名前が書いてないんだろう。背表紙は真っ白で、書いてあるべき名前がない。  大きな病院はほとんどが電子カルテになっているし、私が前に勤めていた病院もそうだった。その前のクリニックも、オープンしたばかりだったから、電カルだった。だから、紙のカルテを見るのは子どものとき以来、看護師になってからはこのクリニックが初めてだった。  紙のカルテって不便。必要なときにすぐ取り出せないし、汚れるし、破れるし、誰かが整理しないとぐちゃぐちゃだし、一冊しかないから他の誰かが使っているときは見ることができないし、等々。  中でも個人的に一番困るのは、ドクターの字が読めないこと。このクリニックには、院長と、もう一人非常勤のドクターがいるが、二人とも字が汚い。カルテの指示が読めず、かといってドクターに「読めません」とは言えず、困ることが多々あった。かろうじて救いは、ここが精神科だから、書いてあるのは全て日本語だということ。  読めないときは、事務の渡辺さんが助けてくれる。先生の乱筆も、彼女なら完璧に読解できる。  が、ちなみにその渡辺さんも字が上手いとは言えない。彼女がこのクリニックで一番長く勤めているので、カルテの背表紙の患者氏名とIDは、ほとんどが彼女の手書きだ。  几帳面な渡辺さんにしては、書き忘れは珍しい。私はその白い背表紙のカルテを手に取る。中を見れば誰のか解る――  ――はずだったが、なぜか、中も真っ白だった。  変なカルテ。  私はそれを棚に戻した。不思議なカルテだが、何千人分あるうちの立った一冊のカルテのために、時間を使ってはいられない。  もともと探していた患者の過去カルテを見つけて、診察室に戻る。  真っ白なカルテのことは気になるが、違和感はまた別のところにあるような気がする。
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