花ひらく、かもしれない

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 私の恋は、ド底辺だ。  これまでの己の恋愛遍歴を思い浮かべると、溜息しか出てこない。本人がそうなのだから、目の前にいる私の昔からの大親友である千尋(ちひろ)は更にそうだろう。現に今も、心底呆れかえった顔で私を見つめている。 「あたしの記憶違いじゃなければ、半年前とデジャヴ? うん、そう。きっとそう」 「そ、そんなんじゃ……」 「ないって言えるの? ふーん、そうか、そうなんだ。だから玲奈(れな)ってば、同じことばっか繰り返すんだね」  SNSでとても仲良くなった男性がいて、その人と先日、ついに対面を果たした。その人はすごく優しくて、仕事にも真摯で、自分の趣味もちゃんと持っていて、私の知らない世界をたくさん見せてくれた。  だから安心したのだ。この人は会っても大丈夫だって。会ってもいい人だって。  でも、私のそんな甘い考えは、会った瞬間に打ち砕かれた。というのも、その人は明らかに年齢詐称したおじさんだったのだ。おじさんが悪いというわけじゃないけれど、話がことごとく食い違う。よくよく聞いてみると、なんと私とのやり取りは、全て息子さんに頼んでいたというのだ。これは明らかに詐欺だと思う。 「……千尋、今日は意地悪だ」 「あたしが意地悪? 毎度毎度同じような失恋話を延々と聞かされても、ずーっと親友続けてるあたしが? あたし、今日は耳の調子がよくないのかしら? あー、あー、うん、問題ないみたいだけど」  私はたまらずテーブルに突っ伏した。1Kの小さな部屋にある、折りたたみ式のテーブルに。  地方の片田舎から大都会・東京へやって来たのは、もう何年前になるだろう? 大学進学を機に上京したのだから、もう十年近くになる。  大学を卒業してそのままこっちで就職し、親からの仕送りに頼らずに生きていけるようにはなったけれど、小さな広告会社で事務仕事をしている私の給料はさほど高くない。なので、大学の頃からずっと住み続けているこじんまりとした1Kのアパートにそのまま居座っている。  駅近の割に治安もそこそこいいこの場所は、何気に便利なのだ。家賃もそれほど高くない。ただ、狭い。ベッドやテレビ、ラックなどを置けばもういっぱいいっぱい。作業をしたりご飯を食べたりする場所は、この折りたたみテーブルの上だった。 「拗ねてもだーめ。ったく、どうしてあんたはしょうもない男ばっか好きになんのよ? 昔からずっとじゃない!」 「だって……男運がないから……」 「運のせいにしないの! ようは玲奈の問題でしょ? 嫌って言えない優柔不断さに、すぐ人を信じる警戒心のなさ!」 「でも……」 「……誰にでも愛想がよくて、優しくて、人を疑うことをしない。それは玲奈の美点でもあるけど、大きな欠点でもあるのよ」  千尋の言葉にぐうの音も出ない。まさしくそのとおりだから。  初めて彼氏ができたのは、高校二年の時だった。同年代の女子たちと比べると、遅い方だったと思う。そういうこともあって、私は誰かと付き合うということがいまいちよくわかっていなかったのだ。  その彼は学年でも人気のある男子で、向こうから告白してきたものだから舞い上がってしまった。彼がどうして私なんかを? と不思議には思ったけれど、私は彼の言葉をそのまま信じ、付き合いを始めた。付き合った後も、彼を疑ったことなど一度もなかった。  ただ、彼は私が会いたいと願った時ほど会ってくれないし、自分の思い通りにならないとすぐに機嫌を損ねた。私が他の男子と仲良くすると怒る、自分が会いたい時に私の都合がつかないと怒る。  今思うと自分勝手も甚だしいけれど、当時の私はそれが「好き」の証拠だと思っていた。ひたすら彼の思い通りに動き、尽くし、そして気付いた時には捨てられていた。彼の捨て台詞はこうだ。 『もう飽きた』  彼は、ただ思い通りになる私で遊んでいただけだったのだ。  あの時の言葉は、いまだにトラウマだ。初めてできた彼氏に言われたのだから、それも仕方がない。  彼を怒らせないように、いつも機嫌よくいてもらえるように、私は最大限に努力してきた。それなのに、その努力は無駄に終わった。  その人のために尽くすのはよくないのだろうか。  初めての手酷い失恋に、私はすぐさま千尋に泣きついた。  千尋は自分まで辛そうな顔をして、私の話を最初から最後まで辛抱強く聞いてくれた。何も言わず、ただひたすらに。それで私がどれほど救われたか。  初めての彼氏、初めての失恋。  辛い思いをしたからこそ、同じ失敗は繰り返さない。  そう決心した私だったが、そうそう上手くいくものじゃなかった。  その後も散々たる結果だ。思い出して、自分でも呆れてしまうくらいに。
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