馴れ馴れしいアイツ

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馴れ馴れしいアイツ

「おはようございまーす」 「来たっ!」 陸(りく)は残りの食パンを口の中に押し込み、胸をトントンと叩きながらコーヒーを1口、口にする。そして鞄を引っ掴んでダイニングを飛び出した。 それが最近の相田(あいだ)家のいつもの光景ーーー 「まったくあの子ったら。少しは海(かい)みたいな落ち着いたところがあればいいのに」 そう言い、後片付けをしながら母親がまだ食卓についている海をチラッと見た。 【あ……来る】 思わず海は立ち上がり、そしてそそくさとその場から立ち去ろうと後ろを向く。 「海は海で大人し過ぎるから少しは陸のような明るいところがあれば……ねぇ」 【やっぱ来た。陸のとばっちり】 いつも陸のおかげで何もしていない海にまでとばっちりが来る。 【これだから双子って嫌だ】 「僕は今のままでいいよ。あんな陸みたいに忙しいのは御免だよ?ご馳走さま」 海は眼鏡の真ん中を中指でクイッと上げ、食器をキッチンのカウンターに置き、ダイニングを後にした。 「せっかく双子で産んだのにえらく性格偏っちゃったよなぁ」 ハァと母親の溜息が海の背中で聞こえた。 【双子に産まれた以上、陸と僕は何かと比べられる運命。だからと言って僕は僕だし、陸は陸。いくら双子だからって何もかも同じってわけじゃない。それに……陸とは高校までの育った環境も違うわけでーーー】 「お……陸、おはようさん」 ひょっこり玄関に顔を出す陸に笑いかけるこの青年は2ヶ月程前に転校してきた陸のクラスメイトの小林裕貴(こばやしゆうき)。 転校してきて直ぐに気さくな陸と意気投合した。話しているうちに案外近くに住んでいる事に最近気付いた2人。 こうして裕貴が迎えに来始めてから今日でかれこれ3度目だった。 「おはよ、裕貴」 「あれ?兄ちゃんは?えーっと"うみ"?」 「"うみ"じゃない。"かい"だ」 声のする方を裕貴が見るとそこには海が立っていた。 「そうそう、"かい"だ、"かい"。おはよう、海」 海に向かってニッと笑う悪びれない裕貴の笑顔に戸惑い、海は照れたように目線を逸らしダンマリになる。 「海は"照れ屋"なのか?」 「ち……違……」 裕貴の言葉にカァァっと赤くなって海が口を開くと同時に陸が言葉で制した。 「違う違う。海はね、"人嫌い"なんだよ。だから"話しかけないで"オーラ……醸し出してるでしょ?分かんないの?行こうぜ、裕貴」 「あ?……あぁ」 そう言いながらも裕貴は再び海を見るとその手を差し伸べた。 「海もどう?この3日いつも1人で行ってるんなら待っててやるからさ、一緒に行こうぜ?」 【え……?】 海に差し出された裕貴の手ーーー 「い……いい」と海はそっぽを向いた。その手を陸が掴む。 「海はダメなの。一緒には行けねぇんだって。ほらほら早く行かなきゃ遅刻する。行ってきまぁす」 「え、何で?」 「行ってらっしゃい。車に気をつけるのよー?」 「分かってるー」 母親の声を背に玄関を出ていく2人を見て海はフゥ……と溜息をついた。
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