第1章 私の妻におなりなさい

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呉服業界が先細りなのはわかっていたし、私も趣味程度に染めを教えてもらうくらいで本格的にする気もなかった。 就職してからも染めは趣味程度に続けて、ハンドメイドサイトで売ればいい。 そんな感じで父の勧めどおりに地元の一般企業へ就職した。 私が就職した頃、それまでいた職人さんが辞めた。 曾祖父の代から働いていた職人さんだったから、寄る年波には勝てなかったらしい。 それと同時に父は、父の代で工房は畳むと発表。 職人さんの引退も、父の発表も、私が就職して一段落したから、だった。 それに対して私がなにか思ったかといえば、まあ、時代だから仕方ない、くらい。 けれど。 「ただいま……」 いつものように仕事から帰ってきたら、工房の灯りが消えている。 いつもなら遅くまで作業をしているのに。 「え……」 真っ暗な工房が、ずしんと肩にのしかかってくる。 私が跡を継がなければここは、こんなしん、と静まりかえった淋しい場所になってしまう。 幼いあの日、工房の隅で父たちの真似をして絵を描く私を、将来有望な跡取りだと祖父は喜んでくれた。
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