第1章 私の妻におなりなさい

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三橋呉服店といえば銀座の一等地に店をかまえ、政財界や芸能界に多数の顧客を抱えている。 絶賛、斜陽産業の呉服業界において、長者番付に載るなど異彩を放っていた。 この業界にいて知らない方が珍しい、呉服屋なのだ。 「ふーん。 ……あ、私がお茶、持っていくよ」 母の手からお盆を奪う。 いつもはお茶出しなどめんどくさがるが、その若旦那がどんな人なのか俄然、興味が出てきた。 「じゃあ、お願い」 「はーい」 興味津々に応接室へと向かう。 まさか、これがあんな結果になるなんて知りもしないで。 「失礼します」 開けたドアの向こうには、父とふたりの男が向かいあっていた。 ……おっ、イケメン。 なんて心の声は顔に出さず、お茶を置く。 奥側の若い……といっても一昨年まで勤めていた会社の、中堅課長くらいの年の方がきっと、件の若旦那なのだろう。 この暑いのにきっちり首元までネクタイを締め、さすがにジャケットは羽織っていないがベスト姿だ。 なのに汗ひとつ掻くことなく涼やかな顔で座っている。 その顔には銀縁スクエアの眼鏡が光っていた。
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