第1章 私の妻におなりなさい

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笑いすぎて出た涙を、眼鏡を少し浮かせて人差し指の背で彼――若旦那は拭った。 そんな彼を見る男の顔にははっきりと「信じられない」と書いてある。 「若旦那。 笑い事では……」 「これは貴方が悪い。 そうじゃないですか、宅間(たくま)さん。 私はこちらの芸術性を高く買って取り引きのお願いにきたのです。 なのに、ごときなどと。 失礼千万、極まりない」 ぴしゃり、と若旦那が男の言葉を封じた。 さっきの大爆笑が嘘のように真顔の彼はまるで――抜き身の日本刀のようだ。 「も、申し訳ございません……!」 若旦那の方を見たまま男が後ずさってきて、危うくぶつかりそうになった。 なにをするのかと思ったら、そのまま勢いよく土下座をする。 でも、その気持ちはよくわかった。 それほどまでにいまの若旦那は、怖かった。 「宅間さん。 あたまを下げる相手を間違ってはいませんか?」 静かな声は、ひとつでも間違えたら切られてしまいそうなほど緊張をもたらす。
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