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笑いすぎて出た涙を、眼鏡を少し浮かせて人差し指の背で彼――若旦那は拭った。
そんな彼を見る男の顔にははっきりと「信じられない」と書いてある。
「若旦那。
笑い事では……」
「これは貴方が悪い。
そうじゃないですか、宅間さん。
私はこちらの芸術性を高く買って取り引きのお願いにきたのです。
なのに、ごときなどと。
失礼千万、極まりない」
ぴしゃり、と若旦那が男の言葉を封じた。
さっきの大爆笑が嘘のように真顔の彼はまるで――抜き身の日本刀のようだ。
「も、申し訳ございません……!」
若旦那の方を見たまま男が後ずさってきて、危うくぶつかりそうになった。
なにをするのかと思ったら、そのまま勢いよく土下座をする。
でも、その気持ちはよくわかった。
それほどまでにいまの若旦那は、怖かった。
「宅間さん。
あたまを下げる相手を間違ってはいませんか?」
静かな声は、ひとつでも間違えたら切られてしまいそうなほど緊張をもたらす。
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