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ほんの数十分前の出来事だ。
僕が学校から帰ってきたら、母が意識もなく台所で倒れていたのだ。
妹は泣き叫びながら母の身体を揺すっている。
一瞬のことに、頭は真っ白になる。
夕食の準備中だったのだろう。
ビーフシチューの匂いが部屋にたちこめている。
学校のカバンもその場に放り出して、慌てて駆け寄り、呼びかけても、母は何も答えてくれなかった。
触れた頬はまだ温かい。
泣き叫ぶ妹に事情を聴くよりも、とにかく救急車を呼ばなくては、それから父に連絡を。
妙に冷静になっている頭と、早鐘のように鳴りやまない鼓動と震える指で、初めての三桁の番号を押した。
すぐに向かうという通話越しのオペレーターの声に僅かに安堵し、父の携帯電話に連絡する。
運転中なのかすぐに繋がらなかったのでメールで簡潔に事の次第を記しておく。
「お母さん、お母さん!」
何度呼びかけても母は返答しなかった。
そろりと頭から肩、背中に足と身体に触れて、出血や骨折をしていないか確認する。
もちろん全くの素人判断なので、見える範囲ではあるが。
怪我はしていないように見えた。血も流れていない。
まだ、――温かい。
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