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「生徒がここで、姿を消してしまいました」
「ここで失踪されたんですか。それは偶然ではないかもしれませんよ」
「どういう意味ですか?」
老人の含みのある言い方がひっかかり、大輔は聞き返した。老人は山桜を見あげて言う。
「この山桜の下には妖狐が住みついていて、女に化けると昔から言われている。おやっ、あなた顔色が悪いですね。どうしました」
「……いえ、なにも」
みるみる顔色を失い、がくがくと体を震わせる大輔。老人はそれを無視してしゃべり続ける。
「妖狐と桜といえば、源九郎狐が出てくる義経千本桜です。しかし浄瑠璃の演目では、お話しにまったく桜が出てこない。つまりは虚像ということですなあ」
ここまで言い、老人はくるりと振り返り妙に赤い口の端をにゅっとあげた。
「今年はことのほか早く、美しく花がひらきそうだ。いい肥やしを埋めてくれて、ありがとう――」
そう大輔に礼を言った老人の姿はにわかにかすみ、跡形もなく消え失せた。
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