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暗闇へとけこむ校舎に背中を向け、坂道をくだっていく。ぬるい空気が漂う春の夜。夜風にのって、白い花びらが視界を横切った。
風上に目をやると、あの公園がひっそりとたたずんでいた。
公園へ一歩足を踏み込む。生徒が食べたのだろう。駄菓子の袋が落ちていた。その袋を拾い、顔をあげる。
朧月夜の下、夜を忘れたように咲く満開の山桜。黄色の若葉がしげり、降りしきる雪のごとく、白い花びらを散らしていた。
その白い落花が夜目に揺れている。
一人の少女が白いセーラー服をまとい、月下に舞をまっていた。夢の中の白拍子と瓜ふたつな優雅で静謐な所作に、大輔は一瞬で心を奪われた。
目の奥に届く、ほっそりとのびる首の白さ。扇を持たぬのに、その形を想像させる手指のなまめかしい動き。
足元から震えが全身を駆けのぼり、手にしたゴミくずはカサリと落下した。
「先生」
その声に、おぼろな夢の記憶をさぐっていた大輔は、はっと我にかえる。
目の前の秋元桜子は舞をやめ、ぽつんと所在なげに立っていた。
教え子の真摯な視線にひるみかけたが、見とれていたおのれを封印し、
「こんな夜遅くに何をしているんだ」
と教師としての威厳をたもちつつ言った。
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