虚像の千本桜

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 そう言い訳する声に、桜子はくらいつく。 「嫌です。前世であなたには正室がいた。現世でもわたし以外に愛した女が生きているなんて、たえられない」 「でも……」  逃げ場を失い言い淀む大輔へ、桜子は冷淡な笑みを向ける。血のように真っ赤な唇が、薄く開いた。 「約束を果たしてくれたら、わたしは再びあなたの前に姿を現します。それまでしばらくお別れを……」  そう言うと、大輔の腕の中にいた桜子は煙のように掻き消えた。あとには、散り落ちた花からたちのぼる芳香だけが残る。  秋元桜子は忽然(こつぜん)と姿を消した。学校内であらゆる噂が飛び交う。しかしその噂も時の流れと共に、徐々に消え失せていった。           *  山桜が再び芽吹く季節、大輔は通学路そばの公園の前にいた。あの別れより、もうすぐ一年がたとうとしている。その間、一日も欠かさず桜の(もと)へ通った。  公園奥の山桜は真昼の陽光をあび、茶色い新芽と蕾が今にもひらきそうだった。 
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