虚像の千本桜

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 二本の足はもつれながら、桜の下へ急ぐ。例年ならば、まだ蕾もつけない時期なのに。今年は大輔の気持ちを汲み取ったように、開花が早い。  キョロキョロとあたりを見まわしても、誰もいない。自然と肩は落ち、目が落ちくぼみ頬のこけた顔で空を見あげる。  薄闇の山桜は妖艶(ようえん)であるが、日の光の元ではその顔を包み隠す。その清々しい健全さに息苦しくなり、ネクタイをゆるめようと左手をかける。袖口からのぞく手首はガリガリにやせ、骨と皮ばかりだった。 「今年は、花がひらくのが早いですなあ」  突然聞こえてきたその声につられ横を向くと、ひとりの老人がいつの間にか立っていた。 「そうですね」  そっけなくしわがれた声で答える大輔に、老人はしつこく話しかけてくる。 「さっき熱心にこの山桜をご覧になっていた。何か思うところでもおありかな?」 「去年いろいろありまして……」 「ほう、どんなことですか」  平日の昼間、暇を持て余している老人に付き合う必要などない。大輔は午前中、所要のため休みをもらった。用事をすませ、今から学校へ向かうところだった。  しかし、老人の温厚なしわの刻まれた顔を見ていると、つい言葉がこぼれた。
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