予期せぬ展開

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予期せぬ展開

      ―――一体どうして、こんな事になったのか?  この期に及んでも理解できない。  山崎からの返球を機械的に受け取って、解せない気分で投手用のグラブを睨み付けた。  自分の左手にはめられた、駿のグラブ。  そう、まさしく俺は嵌められた。それも仲間だと信じていた奴らに!!  思い返すと段々腹が立ってきて、投げる球がやけくそになる。 「あっ!」  しまった! 大暴投だ。投げた瞬間声が出た。  と同時にレフトスタンドの客席からも悲鳴に近い声が……。  そんな周囲の動揺に慌てる事もなく、山崎が大きく逸れたボールを身体を目一杯伸ばしてしっかりキャッチした。  本当に捕球の上手い奴。後逸なんか最近見た事ない。  小学生の頃はしょっちゅう後ろに逸らしてたのに。  おかげで、何事にもこだわり出すと極めたくなる俺は、ボールコントロールを極限まで磨き上げた。  俺の制球がそれなりにいいのは、間違いなくあの頃の山崎の下手くそな捕球のおかげだ。  それが、こんなところで引っ張り出される要因になるなんて……どう考えても理不尽に思えて仕方ない。 「北斗! 滑り止め使うか?」  落ち着かせようとしているのか、山崎がマスクを外し一言添えて投げ返す。  正確に返された球を受け、「余計なお世話だ」と言い放つ代わりに小さく舌を出した。  遥か遠くの電光掲示板に目を遣り深々とため息を零してみても、事態が変わるわけじゃない。  こうなった原因の駿は、もうベンチに戻ってきただろうか。  マウンドを見たらさぞ驚くだろう。  こうして投球練習している俺が、未だに信じられないのだから。  駿の心情を…驚愕する様を勝手に想像し、慌てて頭を振った。  今は他人の事より自分……いや、試合の事だ。  そう心に言い聞かせ、規定の投球 最後の一球を山崎のミットめがけて投げ込んだ。  ここまで来て試合放棄などできない。  このゲームの全権を委ねられ、大観衆の中、マウンドに立つ自分が、別の人間に思える。  それか夢の中の出来事、そんな錯覚を起こすには十分な非ー現実。  逃げ出したくなるような気持ちを落ち着かせる為、浜風の強い甲子園の空をゆっくりと仰ぎ見て、胸に一杯の空気を吸い込んた。  この空だけは、広島にも続いている。  俺以上に孤独な戦いをしているだろう、瑞希の元に―――。            ・          ・          ・ 「おい、剣道部からの吉報だ! 吉野が決勝進出 決めたぞ!!」  午後三時半開始予定の第三試合に向けて軽めの昼食を取り、休憩していた野球部は、剣道部の相模主将から結城キャプテンの携帯に入った、瑞希のインターハイの途中報告を聞き、騒然となった。 「マジで!?」 「ああ。あいつら広島に行ってるらしい。現地からの生中継だ」 「えっ!? あの出不精の相模がか?」 「ありえねえっ!!」  ゲラゲラ笑い同級生をからかう三年だが、相模主将を動かしたのは間違いなく瑞希だ。  その事が――甲子園でなく瑞希の傍にいてくれるのが、素直に嬉しい。 「吉野先輩スッゲェ」 「うわっ、僕興奮しすぎてトリハダ立ってる~!」  等々、大騒ぎする一年に混じり、悔しげな声が上がった。 「チキショー、やっぱやりやがったか! こっちがなかったら広島行ってたのに~っ! なぁ北斗」  一年以上に興奮した山崎が、俺の肩をバシバシ叩いてくる。 「孔太、痛い」  嬉しいのはわかるが、馬鹿力の山崎に手加減なしで叩かれると非常に堪える。  思い切り非難を込めて睨み付けた俺の横では、瑞希を崇拝する渡辺が、鳥肌の立った両腕を擦りながら、山崎以上に無念そうな表情で唇を尖らせた。 「え~っ! 先輩達が行くなら僕らもついて行きたかったよォ」  有り得ない、夢物語に終わってしまった瑞希の全国大会観戦。  だが、あいつならそう易々と負けないだろう事は、ある程度予測がついていた。  案の定、各県の強豪を次々と破り、準々決勝から上の試合が行われる今日の最終日にあっさり残った。 『自分の力でベスト8に入りたい』  そう話したのは三日前の事だ。  相容れない現実に苦悩し、ためらいながらも口にした願望を、あいつはしっかり叶えた。 『直接話したい事がある』  大会前日、機械音痴の瑞希から珍しく寄越してきたメールは、簡潔だが妙に意味深な文章だった。  ましてお互い大事な試合前に直に連絡を取り合うなど今まで一度もない事で、内心動揺しつつ瑞希の携帯に折り返し電話を掛けた。  その内容があまりにもあいつらしい、とんでもない勘違いから出た決死の行動だったとわかり笑いとばして収まったが、思いがけず話ができて嬉しかった俺とは対照的に、途中で涙声になったりするからずっと気になっていた。  それなのに翌日からの試合結果は好調そのもので、俺としては肩透かしを食ったような複雑な心境だった。  珍しく泣き言を言って、吹っ切れたんだろうか?   それならそれでいいとも思える。だが、  ―――『俺、北斗が好きだ』。  あいつの残した声が心の奥に深く浸み込んで……切なくて堪らない。  傍にいてやりたいよ、瑞希。  たった一人で戦いに臨むお前に弱音なんか吐けなくて、偉そうな事を言って励ましたりもしたけど、本当は甲子園なんかどうでもいい。  実力で勝ち取った出場権じゃないなら、やっぱり俺には何の意味も、価値もないんだ。  仲間の手前、口にはできないけど。             ・          ・          ・  そんな事を思っていたから、〝野球の神様″の罰が当たったんだろうか?   瑞希なら、 「不謹慎な事、考えてるからだ」  とでも言いそうなこの成り行きに、再び大きく溜息を吐いて、山崎のミットから出される初球のサインを待った。  四年ぶりにマウンドに上がった俺の甲子園での初投球を、おそらく西城の応援席の皆が固唾を飲んで見守っている。  藁にも縋る想いで。  だけど、誰かに縋りたいのは紛れもなく俺自身だった。
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