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『鈴木さん、自分がやっちゃったって言った方がいいよ。窓の高いところを掃除しようとして、踏み台にしちゃっただけで、悪いことをしようとしたわけじゃないんだから』
意外にも、ヒデキが名前を出したのはいつものいたずらっ子連中じゃなかった。鈴木って苗字は多いけど、このクラスに“鈴木”がつく女の子は一人しかいない。そこでしらばっくれるようなタフな子なら誤魔化せたかもしれないが、その鈴木さん、はクラスの中でもすごく大人しい女の子だった。要するに、ヒデキにみんなの前で言われて泣きだしてしまったのである。
先生は普段優等生の鈴木さんがやってしまったことに驚いたようだし、さほど派手な説教が飛ぶこともなかった。どちらかというと面倒くさいことになったのはヒデキの方だ。その後、鈴木さん、と仲良しの女の子達にぐるりと取り囲まれることになったのである。
『ヒデキくん酷いよ。なんであそこで鈴木さんの名前出すの!?』
多分、彼女たちは鈴木さん、がやってしまったことを知ってたんだろう。それでも本人が自分から名乗り出る勇気を持てるまで黙っていようと思っていたってわけだ。空気を読んだ、とでも言えばいいのか。後で本人を促して、こっそり先生のところに連れていくつもりだったのかもしれない。
でもヒデキは、自分がどうして咎められているかまるっきり分かっていない様子だった。きょとん、とした様子で言ったんだ。
『先生は、正直に言いなさいって言ったよ。あれで答えなかったら、“何も知らない”って嘘をついていることになるじゃん。嘘はついちゃいけないって、僕そう教わったよ?知ってるのに、知らないなんて言えないよ』
『それは時と場合によるの!鈴木さんは自分で後で先生に言いにいくつもりだったのに!』
『後で言いに行くなら、今言っても別にいいじゃん。何がダメなのかわかんない。素直に言った方が先生にもあんまり怒られないで済むし、その方がいいよって僕言いたかっただけなのに』
彼は空気が読めなかったし、それに加えて“嘘”ってものを絶対的に嫌っている様子だった。
正確には嫌っているというより、戒めているとでも言えばいいのだろうか。嘘をつくのは何が何でもいけないことだと本気で信じていたらしいのである。
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