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「この桜が咲いたら結婚しましょう。
シムネル嬢、私を信じて待っててくださいますか」
思えば初めて婚活デートした相手が最高にすてきだった。
アンジェロ様。天使って意味の名前にふさわしく、金色の髪に青い瞳、優しいほほ笑み。
ただ、ちょっと病んでた……それでパスしたんだけど。
本当に桜が咲いたら結婚できるって、ときめいたのも否定しない。
いちおうパスって思ってたんだけど桜の花が咲く季節にはそわそわするようになっちゃったわ。アンジェロ様がこの桜と言ったのは、桜の名所でもなんでもない樹。あれはどこの桜だったかしら。
せっかくプロポーズしてくれるのならもっと思い出として残りそうな場所にしてくれたらいいのに。
すごく繊細で優しいアンジェロ様にはあの桜が特別なものに見えていた……でも私にはムリ!
「この桜が咲いたら結婚……そんなこと言ってくれる人、そのあと誰も現れてないけど……」
私は鏡に向かいながら女優みたいに大げさにため息をついた。
黒い髪は朝日を浴びた新緑のようにつややかで、髪が流れ落ちる肩は強く抱き締めたら折れてしまうほどにきゃしゃで、胸元は……まあ、少女っぽく清楚だと……そう、それがいいんだと何十人目だったのかは忘れたけど、婚活デートした紳士が言ってたわ。だだ、100キロ超えの巨漢ですぐに手を握ってきたり、とにかく焦ってて、もちろん速攻で振ったのだけどね。
だって私は貴族が花嫁修行をする、有名なハインクロス学園を卒業した才媛なのだもの!学友には本物のお姫様もいたんだから!まあ、何度かお茶会に招かれたことがあるくらいで「ぜひ我が国にもお越しになって」って声をかけられたし。友達だって言ってもいいと思うのよね!
窓が春がすみでくもってる。
こんなに汚い窓ではばかにされるわ。
「ハンナ!ハンナ!どこにいるの!」
私はメイドを呼んだ。
「何ですか、シムネルお嬢様」
「窓が汚れてるわ。きれいに磨いてちょうだい」
「はっきり言いますけど、シムネルお嬢様。もうこの家にはお金なんてないんです。屋敷は来週には取り壊しになるんですよ。いつまで夢見てるんですか!働くんです、働いて自立しなさい!」
「なんてことを……私は結婚して主婦になるんだから!」
「確かにシムネルお嬢様は若く見えますけどね。でもアラサー!お金持ちのイケメンはアラサーの、女優でもない女に求婚なんてしません!」
「うるさいわね!きょうこそ婚活デートを成功させるんだから!」
私はモスグリーンのトップスを着て、細いウエストを強調するレースのロングスカートをはいた。髪はさらっと下ろしたまま、薄化粧の肌は20代のころから変わらないわ。
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