1人が本棚に入れています
本棚に追加
卯月の魔法
4月の魔法。
たくさんの生命が誕生し、美しい景色が花開く。
日本の文化の考え方は、「八百万の神」。
全てのものに守り神がいて、彼らがいつも人間を支えてくれている。
自然の中のその力は強大であった。
なんでも、それぞれの美しい木々には精霊がいるらしい。
松の精霊、梅の精霊、檜の精霊…
精霊達はほとんどの場合、木の葉や花に存するもの。
だが、桜は違った。
人間の姿をした美しい精霊が、桜を見に来た人間達に幸を与えてくださるそうだ。
人は誰もが、その幸福を直に味わおうと、精霊を探しまわったが、一向に見つかる気配はなかった。
しかしこの世界に一人だけ、その姿が見えるものがいると人々が知ったら、一体どうするのだろうか。
彼は毎年、桜が咲く季節になると家の近くに咲く桜の精霊と話をしていた。大きな公園の真ん中に、堂々と咲き誇る桜は、ずっと一人だった彼にとっては心の拠り所であった。
毎年の花が咲いている時にしか会えないが、いつも、「また来年、ここで待ってるね」と約束していた。
桜の精霊にも心はあったから、会えることが嬉しいとも、会えないことが寂しいとも思っていた。
また今年も、彼と話をしていた。それはそれは楽しく、賑やかに。でも今年の彼は、いつもより悲しげに見えた。
まるで、全てを放棄したかのようだった。
桜の精霊は心配であったが、自分が相談を聞いても何もしてあげられないと思い、触れないでおいた。
_来年も、ここで楽しく話そうね。
「…うん。」
とても、嬉しそうであった。
次の年もまた、春がやってきて、桜は咲き、精霊は目を覚ました。今年の桜の最盛期は、今日、4月1日だった。
精霊は、毎年のように、彼が来るのを待ち侘びていた。精霊の方も、一人で寂しかったのだ。この公園にある他の木に桜は一本もなかった。
何時間待っても、彼が来ることはなかった。
人間達が、彼の家の前であたふたしているのが見えた。そこには、「けいさつ」もいた。
_来年も会おうって、言ったじゃん…
「嘘つき。」
その桜の木は、その年から咲くことは無くなった。
卯月の魔法。
人と自然が、確かな絆を築き、愛を以ってその命を枯らす。
その魔法は、決して絶えることは無い。
その桜が、咲き誇る限り。
最初のコメントを投稿しよう!