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春浅し
「ねえ、泉、うちの大学で准教授の臨時秘書しない?」
高校時代の親友に呼び出された居酒屋で、仕事の斡旋を受けた成瀬泉は、胡散臭そうな目を向けた。
「なんで、わたし? 普通に募集かければいいじゃない」
「急を要するのよ。いまから募集をかけて、書類選考して面接となると、最低でも1か月はかかる。それに今回の募集では、英語力と秘書経験が必須だから条件を満たす人材を確保するのは、なかなか難しいと思うのよね」
「それなら、莉緒那がやればいいじゃない」
艶のある巻髪に上品なスーツを着こなす帰国子女の親友、五十嵐莉緒那は、現在、東帝大学の職員として勤務している。
「わたしはすでに人事担当として総務課で働きながら、学長と学部長の秘書を兼務しているのよ。これ以上は絶対無理。日給はこれでどう?」
さっと差し出された三本の指を見て、悪くないと思った泉は、ついつい話を聞いてしまった。
これが、大きな誤りのはじまりだった。
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