春浅し

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◇  ◇  ◇  ◇ 高校2年の夏だった。 国際科の泉は、1年の秋頃から理数科の不破に惚れていた。 理由は、顔がメチャクチャ好みだったから。周りの男子よりも少し大人びた雰囲気も良く、とりあえず全てが「不破君かっこいい」となる年頃だった。 当時から天才の呼び声が高かった不破との接点はほとんどなかったが、時々ある全校集会で、放課後の廊下で、幾度となく目が合う気がした。 それは17歳の女子が勘違いするには十分な要素で、同じ国際科で親友の莉緒那には「わたし、不破君が好き」と打ち明けていたのだが── そんな時に限って、クラスメイトの男子と泉が付き合っているという、根も葉もない噂がたった。 噂は広がり、どんなに否定しても、なかなか収まらない。このままでは普通科、理数科へと広がっていくのは時間の問題だと思えた。 一週間後、泉は決断する。 「不破君に誤解されたら困るから、今日の放課後、告白する」 昼休み、莉緒那に宣言し、下校ラッシュで込み合う電車が嫌いという理由で、時間をずらして下校する不破が、いつも時間をつぶしているという図書室に向かった。 図書室の前、深呼吸を3回して、『好きです、好きです、好きです』と心のなかで3回唱え、扉を開く。 はたして出入口すぐ近く『図書委員おすすめ本コーナー』のそばに――たしかにいた。 おすすめ本には目もくれず、近くの雑誌に目を落とす不破に声をかける。 「あのっ、不破君、今いい?」 視線をあげた不破が、一瞬、驚いた顔をして「……成瀬さん」という声が聞こえた。 良かった。わたしの顔と名前は知っているみたい。 「いきなりなんだけど、わたし、不破君のことが——」 どうか、勘違いではありませんように! 「一年の頃からずっと好……」 直後、ガラリと開いた出入口の扉。 「リヒト、お待たせ~」 泉の告白とかぶるように、甘ったるい声がした。 思わず『おすすめ本コーナー』に身体を向けた泉の視線の横で、当たり前のように不破の腕をとった女子。 「帰ろう。今日は彼氏と彼女になった記念日だから――」 泉の存在などまったく気に留めず、今日から不破の彼女になったらしい女子が云った。 「約束どおり、ホテルでもいいよ」 ―― 終わった。わたしの恋。
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